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知ることと人間性の関係について Part 58

②人間は、自分よりも、あまりにも優れた人物や、あまりにどうしようもない人物については、すぐには正しく、その良し悪しや優劣を下せないようなところがある

 二つめは、これはとても難しい内容になるのですが、多くの人々の様子を見ていると、どうも人間というのは、自分よりもある程度、優れた人物や、ある程度、ダメな人物については、すぐにその良し悪しや優劣の判断を下すことができるようなのですが、ところが自分よりも、あまりにもすごすぎる人物や、自分よりも、あまりにもダメすぎる人物の良し悪しや優劣については、すぐには、よくわからないことが多いようなのです。

 例えば、小中学生であれば、そうした小中学生の身近な仲間内の人が、勉強やスポーツができたり、できなかったりするようなことは、わりとすぐにわかると思うのですが、ところが、そこに仮にものすごい学者や技術者や医者やスポーツ選手のような人がいたとしても、誰かにその人についての説明をしっかり聞かせてもらったり、あるいは、実際に自分の目でいろいろな現場を見たり、実際に自分でいろいろな体験をしてみたりしてみないと、その人の本当のすごさは、なかなか、よくわからないことが多いのではないか、ということなのです。

 また、それと同じように例えば、一時は、ものすごい天才や英雄のように世間から盛んにもてはやされていた人物がいたとしても、中にはその後、様々な事件が発覚したり、とんでもない大失敗をした結果、やがて、とんでもない失敗者や犯罪者のように言われるような人物もいるようです。

 それゆえ、こうした観点からみると、どうも人間というのは、自分よりもある程度、すごい人物や、ある程度、ダメな人物については、すぐにその良し悪しや優劣の判断を下すことができるようなのですが、そうではなく自分よりも、あまりにもものすごい人物や、自分よりも、あまりにもダメすぎる人物については、ある程度、時間を経てみないと、なかなか、その良し悪しや優劣が判断できないようなところがあるようなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2021年2月27日 9:03 PM, 人生観、世界観 / 教育 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化



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