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今日はお休みします

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Cecye(セスィエ)

2020年12月1日 8:51 PM, お知らせ

霊的に病気を治す際の注意点について Part 4

5、霊的な観点から見ると、この世的、霊的にしっかりとやるべき対処をしているのであれば、自分の意識を、あまり過剰に病気の症状や痛みに向け過ぎないようにした方が、より早く治癒されやすいようなところがある

 それで、ここからが霊的に病気を治す際の、ちょっとしたコツについての内容になるのですが、例えば、風邪を例にとると、ちょっと喉が痛いなと思ったら、喉を湿らしたり、うがいを多くしたり、ビタミン類を多く摂ったり、体を暖かくするような、この世的な対処をすると共に、霊的にも様々な手段で清めて、そうした病気をもたらすような霊的な存在を、できるだけ早く体から離すことが、とても大事になるのですが、そうした際に、とても大切なことがあって、それは、次のような内容になります。

 霊的には、体の病気の症状や痛みはしっかり認めるし、また、できるだけ、きっちりと病気の原因を取り除いたり、治療のための行動を講じるべきなのですが、ただ、霊的な治癒の際には、今度は、そうした肉体の症状や痛みに、あまりにも過剰に自分の意識を向けすぎないようにして、できるだけ、ゆっくりと呼吸して、自分の霊体に光を降ろしながら、穏やかな精神状態を保ち続けることが、とても大切になります。

 つまり肉体の病気の症状や痛みに対して、この世的、霊的な対応はしっかり行うことが大事なのですが、ただい、そうしたやるべきことをしっかり行った後には、今度は、できるだけ自分の肉体の病気の症状や痛みから、自分の意識を離して、穏やかな愛や感謝に満ちた意識状態に保つことが、とても大切になるのです。

 それというのは、そうした際に、あまりに病気の痛さや大変さに自分の意識を向け過ぎていると、霊的には、精神世界の法則によって、そうした病気の症状をより大きくしてゆきがちになってしまうのですが、そうではなく、この世的、霊的にしっかりとやるべき対処を行っているのであれば、できるだけ病気の症状や痛みには自分の意識を向けずに、できるだけ楽しく穏やかな愛や感謝に満ちた精神状態にしておいた方が、より健康をもたらすような霊的なエネルギーが、自分の霊体に流れやすくなって、より早く回復しやすくなるようなところがあるのです。

 それから、これは前にも述べましたが、神仏からの霊的な癒しのエネルギーが、自分の病気や怪我の患部に流れて、自分の病気や怪我が、きれいに癒されてゆくようなイメージをすると、霊的には、さらに病気が早く治ってゆきやすいということが言えるようです(参考1参考2)。

 

 追伸

 Part 1に次の文章を追加しました。

※前にも述べましたが、特に現在のコロナウイルス感染症についての対策としては、基本的には、それぞれの国の政府や医療機関が示している対策にある程度、素直に従った方が賢明です。確かにその人自身の霊的、信仰的な力や、個人の体質として、そうした感染症にかからない、あるいは、かかりづらい人々がいるとは思うのですが、ただ、たとえ、そうした人々であっても、いつもいつも万全な体調であるとは限らないし、また周りの人々との間で、余計な軋轢が生じることも多いようなので、私は、基本的に政府や医療機関が示しているこの世的な対策は、ある程度、きっちりやるようにした方がよいのではないか、と思います。

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月30日 9:03 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 健康、医療 / 宗教、道徳 / 瞑想 / 自然、生命

霊的に病気を治す際の注意点について Part 3

3、物理的な原因による病気の症状と、霊的な原因であることが多い、一時的な病気の症状の違いについて

 それから三つめは、霊的な原因による病気の症状についての話になるのですが、例えば、先ほど述べたような形で、突然、喉が痛くなったり、急に強く咳き込んでしまったりしたとします。

 そうした際に、実際に物理的に肉体の病気が進行しているのであれば、普通は、それ以前から少しずつ喉に痛みが生じるようになっていたり、また病院で診(み)てもらえば、喉が赤く炎症を起こしている病気の症状が確認されたりするはずです。

 ところが、霊的に何らかの病気を起こすような霊的な存在が憑依して、そうした病気の症状が表れている場合には、何らかの拍子に突然、強く咳き込んだり、喉の辺りが痛くなってきたとしても、まだ物理的には、それほど喉の炎症は進んでいないのに、そうした肉体の症状のようなものだけが出ていることが多いようなのです。

 ですので、はっきり言って、肉体的な病気がそれほど進んでいないのに、何らかの理由で病気の霊的な存在が、喉から胸の辺りや全身に憑依しただけであるなら、その後、何らかの手段で、そうした霊的な憑依を取り除くことができれば、それ以降、それほど病気がひどくなることはないのですが、ところが、そうではなく、そうした霊的な憑依がずっと長く続いたままになってしまうと、肉体の状態としても、だんだん喉が赤く腫れて、炎症がひどくなって、物理的にも、きっちりと病気と診断されるような状況になってしまうようです。

 そうすると、霊的な原因でそうした病気の症状が現れそうになっただけの場合には、例えば、風邪であれば、そうした風邪に対する早め早めのこの世的な対処をするか、あるいは、霊的にそうした風邪をもたらすような霊的な存在を早め早めに取り除くような対処をすれば、はっきり言って、そんなに大変な風邪の症状にはならずに済むようなところがあるわけです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月28日 9:03 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 健康、医療 / 宗教、道徳 / 時間と空間の秘密 / 自然、生命

霊的に病気を治す際の注意点について Part 2

2、特に今頃の時期は、体を冷やしすぎたり、筋肉や関節が、あまり硬くなりすぎないように十分注意した方がよい

 二つめは、特に現在の辺りの時期に注意した方がよいことについて、述べたいのですが、季節柄、だんだん寒くなってきて、体がとても冷えきってしまったり、硬くなってきてしまっている人が多くなってきているようなので、そうした人の場合には、なるべく早く、体が冷えすぎないように暖かくしたり、また、できれば、体の筋肉や関節が、あまり硬くなりすぎないように筋肉をほぐして、疲労を取り除いたり、それぞれの関節周りを回したり、伸ばしたりして、ある程度、柔らかくしておくことが、とても大切になります。

 基本的に普段は、できるだけ体は鍛えて、強くするようにしておいた方がよいのですが、特に現在の辺りの時期は、自分の体調があまり優れないと思った際には、あまり無理せずに暖かくしたり、栄養を豊富に保ったり、休めたりした方がよいようです。

 あと、東洋だと「気」と言いますが、人間の体にダブるように存在している霊体や幽体には、目に見えない霊的なエネルギーが流れているのですが、そうした霊的なエネルギーの流れが悪くなると(気がよどむとも言いますが・・・)、そうした体の箇所が病気になりやすい傾向があります。

 現代人の場合、たくさんある関節の中でも、特に首や肩や股関節の辺りが硬くなって、そうした霊的なエネルギーの流れが悪くなっている人が多いようなので、そうした関節の辺りを回したり、伸ばしたりすると、霊的なエネルギーの流れが良くなって、病気になりづらくなるのではないか、と思われます(そうした箇所を動かしたり、伸ばしたりすると、何となく体が軽い感じになると思います)。

 ただし基本的には、体が硬くなってきたように感じた際には、手や足の先も含めて、体中の筋肉のコリをほぐしたり、関節を回したり、伸ばしたりして、体全体の霊的なエネルギーの流れを良くしておいた方がよいです。

 要するに自分の体全体の調子を見てみて、何となく硬い感じがする箇所や、筋肉の痛みを感じる箇所がある場合には、そういうところを揉んだり、回したり、伸ばしたりしてやれば、肉体の調子もよくなりますが、それと同時に霊的なエネルギーの流れもよくなって、病気になりづらくなるようなところがあるということです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月27日 9:03 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 中国思想 / 健康、医療 / 宗教、道徳 / 自然、生命

霊的に病気を治す際の注意点について Part 1

 少し前に霊的に病気を治す方法について、述べたことがあったのですが、今回は、そうした際の注意点について、幾つか補足しておきたいと思います(参考1参考2参考3)。

 

1、何らかの病気をもたらす霊的な存在が憑依してきた際には、なるべく早く、霊的に清めるような対応をとることが、とても大事である

 まず一つめは、これは物質的な視点ではなく、あくまで霊的な視点からの話になるのですが、霊的、異次元的には、何らかの理由で、その人の肉体に病気の霊的な存在が憑依することで、ほんの一瞬の間にその人が、まるでその病気にかかったかのように突然、咳き込み始めたり、体に痛みが生じたり、熱が出てきたり、だるくなってきたりすることがあります。

 こうした際にある程度、霊的なことがわかるような人の場合には、普通のこの世的な対応もとても大事なのですが、それと同時にそうした何らかの原因で自分の体に憑依している病気の霊的な存在を、自分の体から、なるべく早く離させることが、とても大事になります。

 そうした際には、例えば、手や顔を洗ったり、うがいをしたり、体全体を洗ったり、身の回りをきれいに掃除したりするような、要するにこのブログで以前から何度も述べているような霊的に清めるような行為を、なるべく早めに行うことが、とても大切になります。

 はっきり言って、物理的な原因ではなくて、そうした霊的な原因で、突然、体調がおかしくなってきた場合には、そうした霊的な原因を取り除くと、本当にアッという間にそうした病気の症状がなくなってしまうことも多いです。

 ところが、そうした病気の霊的な存在を、長時間自分の体に憑依させたままにしていると、最初は、あまりに突然なので、あまりよくわからないことも多いとは思うのですが、だんだん、そうした病気の症状が、実際に自分の肉体に現れるようになってきて、例えば、喉が腫れてきたり、体に湿疹や腫れが出てきたり、赤くただれてきたりして、本当にそうした病気の状態になってしまうこともあるようです。

 ですので、特にさっきまで全く普通の体調であったのに、いつの間にか、あるいは、突然、体にいろいろな異常が現れてきた際には、当然、この世的な対応も非常に大事なのですが、ある程度、霊的なことがわかるような人の場合には、今述べたような形で、霊的な対応も同時に併用すると、はっきり言って、あまり重い病気には、かかりづらくなるようなところがあります。

※前にも述べましたが、特に現在のコロナウイルス感染症についての対策としては、基本的には、それぞれの国の政府や医療機関が示している対策にある程度、素直に従った方が賢明です。確かにその人自身の霊的、信仰的な力や、個人の体質として、そうした感染症にかからない、あるいは、かかりづらい人々がいるとは思うのですが、ただ、たとえ、そうした人々であっても、いつもいつも万全な体調であるとは限らないし、また周りの人々との間で、余計な軋轢が生じることも多いようなので、私は、基本的に政府や医療機関が示しているこの世的な対策は、ある程度、きっちりやるようにした方がよいのではないか、と思います。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月26日 9:03 PM, おすすめ記事 / スピリチュアリズム、霊界 / 健康、医療 / 宗教、道徳 / 瞑想 / 自然、生命

知ることと人間性の関係について Part 47

※確かに非常に厳しい霊的な修行やトレーニングをした人は、普通の人とは全く違った、素晴らしい精神的な境地に到達していたり、普通の人には全くわからないような、また全くできないような、ものすごい叡智や超能力的な力を持っていることも多いのですが、ただ、前にも述べたように、自分より上の人間がいるとか、自分より下の人間がいるなどというような感覚を、あまりにも強く持ちすぎていると、霊的には、多少危険なところがあります(ただし、そうした人に教えを請うのであれば、それ相応の礼節を尽くすのは、当然だとは思いますが・・・)(参考1参考2)。

※この世的には、そうした偉人観でも全く問題は起きないように感じられるかもしれないのですが、霊的、異次元的には、そうした偉人観を持っていると、特に死後の世界では、本当のその人自身の霊体と、多くの人々が強く信じ込んでいるその人のイメージ的な霊的、異次元的存在とに大きく分離して認識されるようになるようです。つまり、その人自身の霊体とは別に、多くの人々が強く信じ込んでいるイメージ存在のようなものが、まるで本人の霊であるかのように活動し始めることがあります。たいてい、そうした霊的、異次元的な存在は、多くの人々が、「この人は、こんな姿形で、こんなことをしゃべったり、こんなことをするだろう」と強く思い込んでいるようなイメージ通りの言動をすることが多いようです。

※ちなみにイメージ的な霊的、異次元的な存在は、まるでその人自身のようにしゃべったり、行動したりしているように見えるようなので、こうしたイメージ的な霊的、異次元的な存在達に合わせて、霊的な啓示やチャネリングのようなことを行ってしまうと、一見、そうした偉人や有名人とほぼそっくりのように感じられるのだが、よく調べてみると、いろいろと発言に間違いがあったり、いろいろと問題を巻き起こしてゆくような、いわゆる時折、世間を騒がすような、ちょっといかがわしい印象の霊的な啓示やチャネリングのようになってしまうことが多いようです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月24日 9:03 PM, おすすめ記事 / スピリチュアリズム、霊界 / 人生観、世界観 / 宗教、道徳 / 時間と空間の秘密 / 知恵、正しさ

知ることと人間性の関係について Part 46

 そうすると、いったい、どのようなことが言えるのか、というと、まず一つめは、こうしたあまり人間的であるとは言えないような、少しいびつな聖人やヒーローのような偉人観はやめて、たとえ非常に立派な人物がいたとしても、その人の性格や努力や功績として、みんなで褒め讃えるべきことや尊敬すべきことと、それから、その人が、単純に人間の肉体を持った一人の人間として、この世に生きているという事実は、ある程度分離して考えるようにすることが、とても大切になるのではないか、というように思われます。

 それから二つめは、現在の私達の社会は、そうした非常に禁欲的に努力して、自己犠牲的な人生を生きた、数多くの偉大な人々によって築かれた面は、確かに非常に大きいのですが、しかし、よくよく考え直してみると、そうした偉大な人々が目指していた理想は、何のことはない、できるだけ多くの人々が、より自由に、より幸せに、そして、より豊かに、それぞれの人の欲望や希望がある程度、十分に叶えられるような世界にしてゆくことだったのではないか、という事実を素直に認めることが、とても大切なのではないか、ということです。

 それゆえ、たとえ、どんなに立派な偉大な人物がいても、それほど深く知っているわけでもないのに、一方的に勝手に高く持ち上げるようなことはせずに、その人の立派な素晴らしいところや、尊敬すべきところは素直に認めるけれども、しかし、そうした人であっても、基本的には、肉体を持った普通の人間としての生活を送っていて、普通の人間的な欲望や楽しみや苦しみや悲しみなどは、普通に感じているのだ、ということは素直に認めることが、とても大切なのではないか、ということです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月23日 9:03 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 人生観、世界観 / 健康、医療 / 宗教、道徳 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済 / 自然、生命

知ることと人間性の関係について Part 45

 人類の歴史を見ると、こうした多くの人々の暗黙の思い込みによって、時には、結果として、たくさんの人々が、かなり大変な状況に陥るようになってしまったり、また、そうした過剰な期待や信用を背負った人間が、とんでもない過酷な状況に陥ってしまったことが、かなり数多くあったようなのですが、はっきり言って、多くの人々が、こうした過剰な聖人やヒーローのような偉人観を持っていると、おそらく今後、人類が、どんなに賢くなっていったとしても、また、どんなに人間的に素晴らしくなっていったとしても、いつまで経っても相変わらず、あちこちで様々な大変な問題が起き続けてゆくのではないか、とというように思われます。

 単純に言って、こうした「偉大な人間は、完全無欠の絶対的な存在なのだ」というような考え方は、まだ学問や科学が発達していない、古代や中世の宗教全盛時代に多くの人々に受け入れられていた価値観だったのではないか、と思われます。

 それゆえ近現代に入ると、だんだん、そうした考え方ではなく、どんな人間であっても、努力すれば、そうした努力相応に賢くなることもできれば、人間的に立派になることもできるけれども、ただ、人間である限りは、時には様々な間違いもすれば、過ちを犯すかもしれない不完全なところがあるので、完全無欠なはずのものすごい偉大な人物に宗教や政治をすべて任せるのではなく、時には、そうした間違いや過ちを犯すかもしれないような不完全な人間がいても、大きな腐敗や権力の濫用が起きないような宗教や政治のあり方にしてゆこう、というような考え方に大きく変わってきたようなところがあるのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月21日 9:03 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 予知、予言、未来予測 / 人生観、世界観 / 宗教、道徳 / 成功論、繁栄論 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 自然、生命

知ることと人間性の関係について Part 44

1、どんなに非常に優れた人がいるとしても、その人の非常に優れている部分と、普通の肉体で生活している部分は、しっかり分けて考えることが、とても大切である

  まず一つめは、これは前から何度も述べてきたような内容になるのですが、たいてい人間というのは、自分がわからない、できないようなことで、しかも、かなりのものすごい努力や能力が必要なことを成し遂げたような人がいると、ほぼ当たり前のようにそうした人を「偉い」とか、「凄い」とか、「素晴らしい」などと言って、非常に褒め讃えたり、尊敬したりすることが多いのではないか、と思われます。

 ところが、ここで多くの人々が、何となく、すぐに考えがちであるにも関わらず、実際には、かなり違っているのではないか、と思われるような内容があるのですが、それは、「人間的にものすごく素晴らしい人は、普通の人間と違って、全く何の欲も楽しみもなければ、何の痛みも苦しみもないのではないか」とか、「人間的に最も凄い人物は、完全な知性や能力を持った、常人とは全く違った別の存在なのではないか」などというような考え方になります。

 多くの人々の様子を見ていると、こうした感覚は、ほぼ無意識のうちに持っているように見受けられるようなところがあるのですが、ところが実際には、どんなに知性的に優れた、また人間的に優れた人物であったとしても、現在、みなさんが生きているような「人間の肉体」というスペックで生活している以上、よほどものすごい修行やトレーニングをした人でもない限りは、単純に言って、普通、一定時間活動していれば、お腹が空いたり、疲れてくることもあれば、また肉体的な怪我や病気をしたり、精神的なダメージを受ければ、それ相応の痛みや苦しみを感じることもあるだろうし、それから非常に長く活動し続けていれば、他の遊びや気分転換をしたくなったり、とてつもなく大変な疲労を感じたり、眠くなったり、性的な欲求を感じることもあるだろうし、さらには、どんなに優秀な人間であっても、時には様々な間違いや失敗をしてしまうこともあるのではないか、ということなのです。

 ところが多くの人々の様子を見ていると、知性的に凄い人や、人間的に素晴らしい人は、こうしたことをすべて克服した、まるで一種の超人なのではないか、などというように、なぜか、ほぼ無前提のうちに思い込んでしまっているところがあるようなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月20日 9:04 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 人生観、世界観 / 宗教、道徳 / 成功論、繁栄論 / 政治 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 自然、生命

知ることと人間性の関係について Part 43

9、人間の知性と人間性の間の多少、複雑な関係について

 九つめは、ここでは、知性と人間性の関係について、さらに深く様々な観点から考えてゆきたいと思います。

 先ほどから様々な観点から述べてきているように、人間は知性を高めると、いろいろなことがわかるようになるし、またその結果、自分自身の様々な悩みや問題を解決できるようになるのみならず、他の人々の様々な悩みや問題も一緒に解決できるようになったり、さらには他の人々への理解力や包容力が増して、人格的にも向上するようなところがあります。

 ところが、確かに一般的には、知性が高まることで人間性も向上することが多いのですが、時々、知性が高まったことで、逆に他の人々にわからないように様々な犯罪行為をしたり、自分の失敗や落ち度がわからないように、いろいろと上手に画策できるようなところもあるわけです(たいていは、そうした間違いや失敗がないように、知性を使うことが多いとは思うのですが・・・)。

 それゆえ、一般に知性が高くなると、人間性が向上することは多いのですが、時には、そうした知性が高くなったがゆえに、それほど知性が高くなければ、できなかった非常に高度な犯罪や不正が可能になったり、また一見、多くの人々に非常に褒められたり、評価されたりするような状況にしておきながら、裏で多くの人々を欺いて、陥れたり、苦しめたりすることもできるようなところもあるわけです。

 そうすると、こうした状況において、知性を高めることと、人間性を高めることに関して、いったい、どのようなことが言えるのか、というと、だいたい次のようなことが言えます。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2020年11月20日 9:03 PM, おすすめ記事 / 人生観、世界観 / 宗教、道徳 / 成功論、繁栄論 / 知恵、正しさ / 社会、文化