かなり多忙だったため、一ヶ月近く、文章を載せるのが止まってしまっていましたが、今回から再開します。
少し前の「霊的な観点から見た共産主義思想について」の文章の続きですが、もう少し長く続く予定です。
以前にも述べましたが、こうした内容について、もう十分に知っている人や、あまり興味のない人は、特に読む必要はないと思われるので、別の文章をお読みください。
普通選挙によって、労働者の利益や意見が、わりとそのまま政治の世界に反映されやすい民主主義の国々に対しての、一昔前の共産主義的な暴力革命の考え方は、全く的外れのものだったのではないだろうか
それで当時のマルクスは、彼と志を同じくする同志達と共に、単に一つの国だけでなく、当時のヨーロッパは、どこの国も、かなり同じような社会問題を抱えていたようなところがあったので、そうしたヨーロッパのあちこちの国々で共産主義運動を推し進めようとするようになってゆきました。
そうした際にマルクスは、彼の思想では、共産主義運動は、人類の歴史では、遥か大昔から起き続けてきた階級闘争の一環であると説いていたために、今風に簡単に説明すると、単に当時の政治家や経営者に働きかけたり、デモを行ったりして、労働者の権利の拡大を図ってゆくような、わりと穏やかな平和的な方法ばかりでなく、それぞれの国の国内において、かなり数多くの労働者の強い賛同が得られる場合には、そうした共産主義を信奉する労働者の集団的な暴力によって、時の政府を倒して、政治権力を握り、共産主義思想に基づく政治を行ってゆこうとするような、かなり過激な運動を繰り広げるようになっていったようです。
しかしマルクスが唱えるような共産主義政権が、いきなり誕生するような社会の状況には、なかなかならなかったようなのですが、それでも19世紀の中頃は、ヨーロッパのあちこちで、そうした資本主義の問題が噴き出していた時代であったので、その後には様々な国々で社会革命や、社会改革的な動きが起きるようになっていったようです。
Cecye(セスィエ)
