つまり当時のマルクスは、独自の経済理論や思想的な研究や、また当時の支配階級の人々へのかなり激しい敵意や憎悪などから、共産主義思想を信奉していったり、さらには、そうした共産主義革命を実現してゆこうとしていたわけなのですが、しかし残念ながらマルクス自身は、もっと具体的な人間そのものの性質や、人間社会の仕組みなどについては、それほど細かく調査も分析もしていなかったようなのです。
ただ、今から百年以上昔の資本主義の問題が、いろいろとたくさん噴き出していた時代において、人間の社会を単純に二つの階級に分けて、「資本家が社会の富を不当に独占して、大勢の労働者から、とんでもない搾取しているので、労働者で団結して、資本家と戦おう」とか、「資本家を倒して、労働者が支配する素晴らしい理想社会をつくろう」などと言えば、大勢の労働者的な立場の人々の日頃の不満や嫉妬心や闘争心に火をつけて、大きな労働者運動のようなものは起こしやすかったのではないか、とは思われます。
しかし、もっと冷静に客観的に現実の世界の人間の性質や、人間社会の様子を見てみた場合には、先ほども述べたように同じ人間であっても、いろいろな好みや能力ややる気の違いがあるし、また、もっと大勢の人々が集まる人間の社会になると、どうしても単に同じ一種類の労働をしている人々ばかりではなくて、そうした人間の社会を維持してゆくために農業や漁業や工業や商業などのような非常に様々な種類の産業の仕事があるだけでなく、さらには政治家や役人や教師や警察官や軍人などの仕事というように、どんな社会であっても、大勢の人々を管理したり、教育したりするような、言ってみれば、経営や管理の仕事に携わるような人々も、必ず必要になってくるようなところがあるわけです。
Cecye(セスィエ)
