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霊的な観点から見た共産主義思想について Part 16

 それで当時のマルクスを始めとする共産主義運動の人々が考えた暴力革命の理屈について、考えてみたいと思うのですが、まず当時の社会の状況としては、かなりきっちりした身分制の社会になっていて、資本家というよりも、王や貴族などが国家権力をしっかりと握っていて、その下に非常に大勢の農民や工場労働者のような人々が、ほとんど何の政治的な発言力もなく、かなり虐げられるような形で非常に過酷な労働に従事するしかないような状況に置かれていることが多かったようです。

 その上、もし、そうした労働者のような立場の人々が、少しでも賃金の増額や、労働環境の改善や、政治的な権利の獲得のようなことを要求しようとしたとしても、たいてい権力者の側には全く取り合ってもらえなかったり、逆に大きな経済的な制裁を加えられたり、また時には警察や軍隊などによって、かなり過酷な弾圧を受けるような状況になることが多かったようです。

 ですので、こうした社会状況の場合には、当時のマルクスが言うように労働者的な立場の人々が力を合わせて、そうした過酷な政治を行う国家権力に対して、そうした社会状況の改善をきっちりと申し入れたり、また場合によっては、何らかの暴力的な手段を使って抵抗したり、さらにはそうした横暴な政府を倒して、労働者的な立場の人々の権利や生活が、かなりしっかりと守られるような新たな革命政権を樹立するべきなのではないか、というような考え方を持つようになったことに関しては、確かにある程度は理解できるようなところがあります。

 19世紀の中頃のヨーロッパは、経済が発達して、かなり裕福な富を持つ新しい商工業者や、労働者的な立場の人々が、だんだん社会的に大きな力をつけてきた時代であったにも関わらず、しかし相変わらず、古くからの王や貴族のような特権階級の人々は、そうした新しく台頭してきた人々を、ことあるごとに厳しく締めつけては、昔からの王制や貴族制のような政治体制を、少しでも長く維持し続けてゆこうとしていたような時代であったようです。

 それゆえ、そうした昔からの権力階級の人々のひどい横暴や厳しい締め付けに対して、当時のマルクスを初めとするような社会改革を目指す人々は、非常に激しい怒りを燃やしていたのだろう、ということは、ある程度理解できるようなところがあります(単に当時のマルクスが、闘争的で怒りっぽい性格だったからかもしれませんが・・・)。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年4月27日 9:04 PM, 政治 / 知恵、正しさ / 社会、文化



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