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霊界の真相 Part 10

③霊界の地獄に関する報告が、あまりに少なすぎることから判断する限り、よほどの特殊な精神状態の人以外は、死後、地獄に行くことは、ほとんどない、というように考えられる

 第三には、これも、臨死体験や霊界に関する体験談から判断する限り、ほぼ明らかな事実であると思われるような内容なのですが、とにもかくにも、そうした多くの人々の霊界に関する体験談においては、地獄に関する説明というのが、ほとんどない、というか、あまりにも、なさ過ぎる、ということなのです。

 それゆえ、これは、現在の時点では、かなりはっきりと明言できるような霊的な事実になるのですが、死後の世界に、もし、地獄のような世界があるとするなら、それは、その人自身が、生前の何らかの信仰によって、非常に強い罪の意識を持ったり、死後の裁きによる地獄の存在を信じていたか、もしくは、周りの人々の言葉に全く耳を貸さないような、かなり自閉的な気が狂ったような精神状態で、そのまま死んでしまったか、のいずれかのケースでもない限りは、おそらく、この世において、どんなにひどい悪事を行った人であっても、死後、「地獄」と呼ばれる世界に行くことは、ほとんど、ないのではないか、というように、私は、率直に感じております。

※ただし、これは、また、後から、もう少し詳しく述べたいと思うのですが、だからと言って、いくら、人殺しや盗みのような犯罪行為をしても、平気である、とか、いくら、非倫理的な行為をし続けてもよい、というようなことでは、決して、ないので、これについては、よくよく、そう簡単に、早とちりしないようにしてください。

 

④霊的な報告のあまりの少なさと、全世界共通の善悪の基準の不明確さから、客観的に判断する限り、死後の世界における「最後の審判」に関しても、現在の時点では、かなり怪しい、というように判断されることになる

 第四には、霊的な報告が、ほとんどない、というような理由ばかりでなく、これも、よく考えてみると、非常に不思議なことであるのですが、もし、死後の世界において、その人の生前の行いによって、「最後の審判」のようなことが行われるとするならば、それなら、その審判の基準というものが、基本的に全世界、というよりも、全宇宙共通の真理として、公表されていなくてはならないはずである、というような、ごくごく簡単な論理的推測がありえるのですが、ところが、現在の世界の状況を見てみると、少なくとも、地球の社会の状況を見る限りにおいては、そのような最後の審判に備えた、全世界共通の善悪の基準というものは、はっきり言って、ほとんど存在していないに等しい、ということなのです。

 それゆえ、これも、はっきり言って、申し訳ないのですが、私は、多くの人々の霊界に関する報告を聞く限りにおいては、現在、よく宗教で教えられているような、死後の世界における裁き、いわゆる、「最後の審判」に相当するような内容というのは、実際問題として、かなり怪しいのではないか、というように、率直に感じております。

 このように、現在の時点で、多くの人々の霊界に関する報告を聞く限りにおいては、大体、以上のような四つのことが言えるのではないか、ということです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月30日 9:31 PM, スピリチュアリズム、霊界

霊界の真相 Part 9

 このまま、論理的に話を進めてゆくと、あと、40〜50ページは、必要になってしまうので、ここでは、一気に飛んで、簡単に結論を述べてみたいと思うのですが、要約すると、こうした状況から推測するに、大体、以下のような四つのことが言えるのではないか、ということです。

 

①正しい宗教であるなら、死後の世界についての正しい知識は、絶対に必要不可欠の知識であるはずなので、それを、ろくに調査することもなく、一方的に否定するということは、その宗教の根本の知識自体が怪しい、ということの何よりの証明になってしまう

 まず第一には、もし、本当に信者の人達の幸福を願うような、真実の宗教であるなら、死後の世界に関する正確な知識というのは、絶対に必要不可欠な宗教知識になってくるはずなので、それゆえ、もし、どこかで、前から述べているような臨死体験とか、霊界での体験を積んだ後、再び、地上の世界で、そうした霊界に関する体験談を話すような人が現れた場合には、正しい宗教であるなら、謙虚に科学的態度で、そうした話を、一つ一つ、詳細に調査して、その上で、その調査の報告を、多くの信者の人達に対して、正しく伝えることは、絶対に必要、かつ、重要な宗教的な仕事であるはずなのに、それをしないということは、本当は、そうした宗教を運営している人々は、元々、その宗教の根本の知識が、本当の真実に基づいていない、嘘の内容であると、よくよく知っていたからなのではないか、ということです。

 

②どの宗教にとっても、死後の「天国行き」に関する情報は、本当に喉から手が出るほど欲しいはずなのに、それらをことごとく黙殺し、否定して回るということは、そうした宗教の提示している「信仰による天国行き」の話自体が、怪しい、ということになってしまう

 第二には、これも、よく考えてみると、非常に不思議なことであるのですが、もし、そうした宗教が、本当に、多くの人々を、死後、「天国」と言われる、至福の世界に誘(いざな)えるような、素晴らしい教えを説いているところであるなら、そうした「天国行き」に関する新たな情報というのは、本当は、喉から手が出るほど、欲しいと思うはずなので、絶対に、それを裏付けるような新情報が出れば、本当は、片っ端から、集めて回るはずなのですが、ところが、逆に、そうした霊界に関する新情報を、片っ端から、黙殺し、否定して回るということは、これは、はっきり言って、申し訳ないのですが、私は、多分、そうした宗教が提示している、「信仰による天国行き」の話自体が、本当は、かなり怪しい、ということになるのではないか、というように、率直に感じております。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月29日 9:25 PM, スピリチュアリズム、霊界

霊界の真相 Part 8

現在の地球の社会では、主だった宗教の説いている「霊界」についての説明と、実際に「霊界」を探訪してきた人々の見解や報告が、あまりにも大きくずれ過ぎている

 次には、これも、少し説明が難しいのですが、どうも現在までの霊界についての調査の報告を聞いてみる限り、次のような二つの点に関しては、現在の地球の主だった宗教のあり方としては、どう考えてみても、腑に落ちないような、怪しい問題がある、ということです。

 まず第一には、なぜ、多くの人々の「霊界」と呼ばれる世界についての報告と、本当は、霊的には、絶対に正しくないといけないはずの宗教で説かれている「霊界」についての説明が、これほどまでに、大きくずれてしまっているのか、ということが、これは、どう考えてみても、納得がいかない、ということと、第二には、なぜ、そうした霊界の報告をしている人達に対して、主だった宗教に関わる人々は、別に、彼らが、特段、敵対的な態度をとっているわけでもないにも関わらず、ろくに話も聞かずに、一方的に批判や非難の刃を向けたり、あるいは、信者の人々に対して、そうした人々への無視や絶縁を勧めるような、かなり強硬な態度をとろうとするのか、ということが、普通の人々の立場としては、全く納得がいかない、ということです。

 そうすると、ここで、幾つか、素朴な疑問が出てくることになるのですが、まず第一には、そうした宗教団体の態度というのは、別に、今に始まったことではなくて、昔から、ずっと同じように、そうした宗教団体の信仰や教義に反するような、霊界の体験談をするような人達の話を、ずっと黙殺したり、無視し続けてきたのではないか、ということと、第二には、そうすると、そうした宗教団体の内幕では、普通の信者の人々の想像というものを遥かに超えて、本当は、昔から、本当の霊界の様子と、宗教で信じさせている霊界の話が、全く異なることを、よくよく知っていたにも関わらず、何らかの秘密の事情があって、そうした本当の霊界の実情とは、全く異なる、別の宗教霊界話を、大々的に流布し、教育するような活動を行っていたのではないか、ということと、それから、第三には、これは、もっと怪しい話になるのですが、そうすると、そうした実際の霊界とは、かなり異なる宗教霊界話を、多くの人々に信じさせることによって、本当は、普通の信者の人達が、全く知らないような形で、全く秘密の人物、というか、秘密の存在が、何らかの特別な利益を得られていたのではないか、というような疑いを持ち上がってくることになる、ということなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月29日 9:18 PM, スピリチュアリズム、霊界

霊界の真相 Part 7

 それでは、本当の霊界の様子というのは、一体、どのようなものであるのか、というと、現在の時点では、大体、次のような五つのことが言えるのではないか、と私は考えております。

 

1、地上の世界の延長線上の存在のような「霊界」というのは、全く存在していない、というのが、現在の時点においては、最も正しい霊界観である

 まず第一には、これは、ちょっと、すぐには、そう簡単に受け入れづらいような内容なのではないか、と私は思うのですが、多くの人々からの、いろいろな霊界についての報告というものを、総合的に考えてみる限り、実は、「霊界」と、一区切りに呼べるような、まるで、地上の世界のほぼ延長線上の存在のような、完全に秩序だった、一つの固定的な世界というのは、どう考えてみても、全く存在しないのではないか、というのが、現在の段階において、はっきりと言える、最も正しい霊界観なのではないか、ということです。

 これは、かなり分かりづらいと思うので、もう少し分かりやすく説明したいと思うのですが、地上の世界の人々というのは、どうしても、現在、自分達が生活している、この地上の世界の延長線のような世界のあり方として、「霊界」というものを考えようとしてしまいがちであるので、それゆえ、そうした地上の世界の延長線上のような形での「霊界」という存在なら、はっきり言って、現時点では、全く存在していない、というのが、最も正しい見解になってくる、ということなのです。

 それでは、人間や生物が死んだ後の「死後の世界」である「霊界」というのは、本当に全く存在しないのか、というと、それも、いろいろな人々の報告から総合的に考えてみる限り、どう考えてみても、人間や生物が死んだ後に行く、この地上の世界とは違った、何らかの世界がある、というのは、ほぼ確実に言えるのではないか、ということになってくるので、そうすると、21世紀の現在の時点では、一体、どのような見解をとれば、最も正しい霊界観になるのか、というと、これに関しては、大体、次のような二つのことが言えるのではないか、ということです。

 

霊界とは、時間の観念が、全くない世界であると同時に、その人の想念のあり様によって、その人自身や周りの世界が、幾らでも自由に変化するような、非常に不思議な世界である

 まず第一には、これは、たくさんの人々の証言から、ほぼ確実に言えることなのではないか、と私は思うのですが、とにもかくにも、肉体的に死んだ後の、死後の世界では、地上の世界のような「時間」の観念というものが、全くない世界である、ということと、それから、第二には、これも、多くの人々の証言から、ほぼ確実に言えることなのですが、そうした死後の世界では、どうも、その人の考える内容、いわゆる、その人の想念のあり様によって、どうにでも簡単に変化してしまうような、かなり不安定な世界、というか、言い方を変えると、非常に自由自在な世界らしい、ということです。

 このように、現在の時点で、そうした死後の世界である霊界に関して、ほぼ明らかに言えることは、そうした「霊界」と呼ばれる世界が、まず第一には、時間という観念が、非常に希薄な、ほぼタイムレスな世界である、ということと、第二には、その人の思念の自由によって、どうにでも、その人自身や、その人の周りの世界が、ころころと自由自在に変化してしまうような、それぞれの人間や生物の思念を中心とした世界である、ということなのではないか、ということです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月28日 9:26 PM, スピリチュアリズム、霊界

成功の心得 Part 5

36、時間に流されるな。時間は、自分の都合で自由に組み立てて、上手に使って、楽しむためにあるものなのだ。そのためには、自分が、最も楽しく有意義であると感じられるものに、惜しみなく時間を使うこと。無意味なつまらないことは一切やめて、自分が最も楽しく、有効であると思えるような時間の使い方に、すべて切り替えること。一番大事なことは、先延ばしせずに、一番最初に始めること。やらなくていいことは、一切やらないこと。そして、時々、自分の時間の使い方を、冷静にチェックするための時間を設けて、「最高にハッピーだったか」、「最小時間で最大効果を上げたか」、それから、「自分と周りの人達みんなで、何の偏りもなく、すべて最大幸福、最大効果の時間の使い方ができたか」ということを振り返り、改善してゆくことが大切である。

37、人生とは、目標の設定と、その達成と、それによる豊かな報酬(ご褒美)を得ることの無限の連鎖でできている。それゆえ、どんな小さなことでもよいから、とにかく目標を定めよ。次には、それを達成せよ。そして、それによる豊かな報酬(ご褒美)を確実に得よ。さらに次には、もっと目標を高めよ。そして、その目標の達成のために、小さな目標をたくさん作って、次々とその目標を達成し、そして、それによる豊かな報酬をたくさん得てゆけ。つまるところ仕事とは、そのようなものだ。

38、人生に遠慮は禁物だ。どんな時にも、自分の価値を小さく見積もるな。自分が必要だと感じたら、会いたい人には思い切って、会いに行け。言いたいことは、その場ではっきり言え。自分が欲しいものは、相手にはっきり伝えよ。そして、やりたいことは先延ばしにせず、すぐにやれ。それが後悔しない人生を歩むための人生の秘訣なのだ。

39、言われたことしかできない人間は、ロボットと変わりない。人間であるならば、常に言われたこと以上のことをやるように心掛けよ。相手が言葉の奥で、一体何を望んでいるのか、よくよく考えるようにして、常に頭を使って、より気配りの効いたワンランク上の結果を出せるように心掛けなさい。そして、自分のやることを、できるだけ楽しみなさい。「幸福」、「創造」、「愛」、これが人間とロボットを分ける最大の違いなのだ。

40、結局、幸福になるには、とにかく、何でも楽しんでやること。不幸な考え方や行動は一切受け入れずに、幸福な考え方と行動だけを選び続けること。大事な決断を求められた時には、未来の不幸を避けるために、しっかりと頭を使って、できるだけ末永く、自分も周りの人々も幸福な人生を送ってゆけるように、正しく決断を下すこと。さらに今以上に幸福な体験をするチャンスがあったら、ためらわずにチャレンジするが、もし、それが不幸な危険なものであると判明したら、即座に止める勇気を持つこと。そして、時々、自分のみの幸福ばかりではなく、家族や友人や、地域社会や国家全体の幸福の実現ということについても、しっかり関心をもって、細かく調査し、その時に、もし必要であるならば、目先の利益にとらわれずに、多くの人々の幸福、すなわち、最大多数の最大幸福の実現のために、断固とした勇気ある行動を起こすことも、末永く幸福な人生を送ってゆくためには、非常に重要なことなのだ。

 以上です。

 

 追伸

 今回は、これくらいになります。

 こうした内容については、ケース・バイ・ケースで、いろいろな状況によって、いろいろな判断や行動があり得るので、これが別に完全な成功論のようなものであるとは、私は、特に考えていないということを、念のため付け加えておきます。

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月28日 9:17 PM, 成功論、繁栄論

成功の心得 Part 4

31、急に自信がなくなったり、他の人が、自分のことを、みんなで馬鹿にしたり、否定しているように感じる時は、思い切って、周りの人達に今の自分の気持ちを、すべてそのまま気軽に打ち明けて、聞いてみた方がよい。聞くべきことは三つ。「自分の自分自身への評価は、本当に正しいのか」、「周りの人達は、自分のことをどう考えているのか」、それから、「何をどう変えたら、自分も周りの人達ももっと良くなり、ハッピーになれるのか」ということである。

32、絶対に物事は、すぐに決めつけるな。まずは、冷静に広く正しく知識や情報を集めてみる。次には、それに基づいて、最も正しいと思われる仮説を立ててみる。そして、その次には、その仮説が本当に正しいか、もう一度、よくよく調べ直してみる。その上で、やっとその結論が、本当に正しいのか、それとも間違っていたのか、ということを冷静に決めればよい。

33、すぐに世間の常識やルール(決まり)を受け入れるな。物事には、必ず裏があったり、例外や抜け道があったりするものだ。もし自分の直感が、「まだ、何かあるはずだ」と心の中で呟くなら、そう簡単にあきらめたりせずに、いろいろな人に手当たり次第に問い合わせたり、相談したり、交渉したり、場合によっては、そうした世の中の常識やルールそのものを覆してしまえ。常識やルールが先にあって、人間が後にあるのではない。まず人間の行動があって、その後に常識やルールが出来てゆくのだ。

34、人と仲良くなりたいなら、会ったその場で、仲良しになればいい。コツは三つ。とにかく、にこやかに振る舞うこと、サッと相手の懐(心の中)に入ってしまうこと、それから、ささやかなサービス精神を忘れないこと、この三つである。

35、正しいコミュニケーションで重要なのは、次の三つ。まず相手の質問を正しく理解して、それに正しく答えること。自分の伝えたいことが、最も正確に伝わる正しい会話表現を身につけること。それから、相手の言ったことと、自分の話したことを正確に記憶しておき、いつでも、それを正しく思い出せることである。

 

 続く・・・

 

 

 追伸

 文章がなくなったので、霊界の真相の方は、ちょっとお休みにします。

 

 関係ないですが、異常にタイトルの長い記事ばかりだったのに、右側の最新記事のタイトルが、数ヶ月ぶりに超短いタイトルばかりになってしまいました。

 これは、いつまで続くのでしょうか?

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月27日 9:18 PM, 成功論、繁栄論

霊界の真相 Part 6

たとえ、宗教であっても、あまりに強い信念を持ちすぎると、本当の神や仏の考えが分からなくなってしまうばかりか、自分の霊体が低次元化して、低い霊界(幽界)の中から出られなくなってしまうことがあるので、注意が必要である

 つまり、ここで、ここまで書いたことを、もう一度、簡単に要約すると、たとえ、どんなに素晴らしいと言われるような、宗教であったとしても、「神や仏は、絶対、こういうものだ」、などと、あまりにも強く決めつけるような信念を持ち過ぎていると、結局、本当の神や仏の存在や、あるいは、神や仏の本当の気持ちや考えというものが、全く、よく分からなくなってしまう、ということなのです。

 それと、もう一つは、よほどの強い必要性を感じた時以外には、自分自身が、特段、強く望んでいるわけでもないような、他の人々から教えられた、イメージや呪文のようなものを、強く念じ続けるようなことをしていると、それは、結局、その人の周りに、その人独自の非常に強力な信念の世界、というか、非常に硬いイメージのフィールドを張り巡らすことになってしまうので、その結果、そうした強いイメージや呪文を念じ続けるようなことをしている人には、そうした真実の神や仏からの声が、全く聞こえなくなるばかりか、もし、そうした状態で、肉体的に死んでしまった場合には、死後の世界でも、そうした強い信念の世界が、その人の周りに、物質世界の状態とほとんど同じような状態で、そのまま形作られることになってしまうので、たいてい、死後、数十年でも、数百年でも、ほぼそのままの状態で、その宗教独自、というか、その人独自の、変な霊的世界(一種の宗教的な仮想世界のような領域)に閉じ込められることになってしまう、ということなのです。

 ですから、実は、長い間、いろいろな宗教によって、教えられていたような霊的世界の様子というものを、あまりにも強く信じ込むようなことをしていると、地上の世界で生きている間ばかりでなく、肉体の死後においても、本当の霊的世界とは、全く違った、偽りの霊的世界、というか、はっきり言うと、その人自身の非常に強力な信念の力、というか、想念の力によって、生み出された、特殊な想念領域の霊的世界(昔は、よく「幽界」と言っていましたが)の中に、非常に長い期間に渡って、閉じ込められることになってしまうので、これには、非常に注意が必要である、ということなのです。  このような二つの理由から、私は、これまで、多くの宗教で説かれてきた、死後の世界の描写、つまり、霊界の様子というのは、かなり怪しい、というよりも、はっきり言うと、ほとんど、嘘か、インチキのような内容だったのではないか、というように、率直に考えています。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月26日 9:24 PM, スピリチュアリズム、霊界

成功の心得 Part 3

21、あまり長い時間の間、心のない、まるで機械のような精神状態にはまり過ぎてはいけない。一定時間ごとに必ず、自然の空気を呼吸すること、自然に体を動かすこと、そして、自然のエネルギーで心身を満たすことを心掛けよ。

22、未来のことで、くよくよ悩むな。今できることに全力を賭けよ。それは未来のことではない。未来は、今ここにある。今できないことは、未来もできない。今できることは、未来もできる。だから未来のことで、くよくよ悩む暇があったら、今、その未来のことを、すべてできるようにすればいい。ただ、それだけのことだ。

23、失敗は、絶対そのままにするな。失敗を、ただの失敗と見る人は、ただの凡人となる。失敗を分析して考え、そして創意工夫して、次の成功に生かす人は成功者となる。人生とは、そのようなものだ。

24、世の中を見ればよく分かる。余裕のない人は、常に余裕がないものだ。その反対に余裕のある人は、常に余裕があるものだ。慌てふためくな。問題を解決するには、常に、いつでも十分な時間がある。そう考えればよい。

25、時には、スピードに慣らすことも重要だ。早く読む。早く話す。早く聞く。早く手足を動かす。早い動作に慣れれば、自然と頭の回転も早くなってくるものだ。

26、数字のマジックに騙されるな。数字が表しているものには、事実と嘘の両方がある。正確なものと、いい加減なものの両方がある。過去と今と未来といった時間の違いがある。そして、すでに変えられない数字と、これから君達が、自由に変えられる数字の両方がある。結局、数字なんて、自分で自由に作り替えてゆけばよいものなのだ。

27、今すぐ自分の人生を変えたいなら、最高にハッピーなイメージを思い描き、次には、とにもかくにも、そのイメージについて、何でもいいから、できる限り調べまくること。そして次には、何でもいいから、とにかく、やれることから順に実行に移すこと。その後は、自分の人生に勢いや流れが感じられるようになるまで、とにかく、それをやり続けること。ただ、それだけでいい。

28、目標が決まったら、とにもかくにも実行、実行、また実行である。

29、できれば、目標までの距離は、最短距離がいい。そのためには、時々、今自分がやっていることを疑って、やらなくていいことは、全部止めること。それから目先を変えて、とにかく、今自分が知ってる情報以外のことを、本屋やネットや人づてに調べて、調べて、調べまくること。

30、自己評価が低いと、青二才か、ブスになるから止めた方がいい。自分のことを考える時には、「自分は、周りの人達に、どれほど愛されているか」、「自分は昔と比べて、どれほど成長したか」、「自分の働きによって、どれほど周りの人達を幸せにしてきたか」、そして、「これからも自分がいることによって、周りの人達を、どれだけ幸せにしてゆけるか」ということを、絶対に否定的にではなく、肯定的に楽観的に幸せをかみしめるように楽しく考えよ。

 

 続く・・・

 

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月26日 9:15 PM, 成功論、繁栄論

霊界の真相 Part 5

②神様と、宗教的瞑想にふける信者の間の霊的な風景

 次には、その信者は、瞑想のようなことを始めることになるのですが、この際も、「まずは、教祖様や先生の言われた通りに、こういうイメージや考えを、しっかり持って、それ以外のイメージや考えは、すべて悪魔の惑わしなので、しっかり排除しなくちゃ」、とか、「とにかく、心を鎮めることが、大事なので、もし何か、楽しそうなことや、やりたいことが思い浮かんでも、とにかく、サッと心を切り替えなくては」、などと考えていることが、非常に多いのですが、ところが、これも、神様の側から見ると、「ちょっと、君、そんなイメージを強く心に描き続けても、それって、どこにもない、その宗教だけの想像の世界みたいなイメージに過ぎないんだよ」、とか、「そこは、本当の天国じゃなくて、それより遥か下の、全然、楽しくない、我慢の世界みたいな領域の風景だよ」、とか、「そんな変なイメージを強く持ったまま、死んだら、死んだ後、誰も助けにいけないような、変な世界に閉じ込められることになるから、君、その天国と称する強い妄想の世界に、はまるのは、もう止めた方が、いいんじゃない」、などと、何度も何度も言われるような状況になりがちであった、ということなのです。

 ところが、こうした神様の声のようなものが、もし、その信者に聞こえてきたとしても、たいていの場合、その信者は、「また、悪魔のまやかしだ。私は、絶対、この信念を曲げないぞ!」、とか、「私は、この信仰を、絶対に捨てない。そして、最後の審判で、絶対に永遠の生命を得るんだ!」、などと言っては、一瞬にうちに、ほぼ完全に全否定するような事態になってしまうことが、非常に多かった、ということなのです。

 

③神様と、宗教修行に励む信者の間の霊的な風景

 さらに、いろいろな宗教的修行と呼ばれる行為の場合には、その信者は、「神様や他の人のために尽くすことは、本当に気持ちのいい行為だ」、とか、「これで、また、徳が積めた」、とか、「この大変な荒行や苦行を乗り越えられたということは、自分も、また、一歩、究極の悟りに近づいたのだ」、などと考えていることが多いのですが、これも、そうした神様の側から見ると、「その君の信じてる神様って、一体、何なんだ。それって、結局、その教団の利益にしかならないんだろう。そんなもの、さっさと止めて、何かのボランティアでもした方が、よっぽどいいんじゃない」、とか、「他の人のために奉仕するのは、とてもいいことだけど、なんで、君自身は、そんなに不幸そうなの?」、「そんなに大変なら、別に、それは、君がやらなくても、大丈夫なんだよ」、とか、「その荒行や苦行に集中するたびに、君の精神世界は、どんどん暗く小さくなっていっているのだから、そんな荒行や苦行は、もう止めたら?」、などと言っていることが、実際、ほとんどである、ということなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月25日 9:33 PM, スピリチュアリズム、霊界

成功の心得 Part 2

11、学業でも仕事でも、やった量に満足するな。常に成果が確実に上がるように自己確認せよ。

12、ずっと同じことをせずに、少しずつ考え方ややり方に工夫を加え続けよ。

13、時々、元々の自分の目標と、現在自分がやっていることとを冷静に比較して、最も合理的に最大効果が上がるようにせよ。

14、時々、自分のことだけでなく、上司や同僚や部下、あるいは、ライバルの人々が今何を考え、どうしているか、冷静に自問自答せよ。

15、人生に失敗はない。常にあらゆることを自分の学びとし、自分の成功、成長のための機会とせよ。

16、人間は、常に一つのことしか考えられない。つまり、明るく積極的に肯定的に考えるか、それとも暗く消極的に否定的に考えるかのどちらかしかないのだ。それなら常に明るく積極的に肯定的に考えて、人生を歩んでいった方がずっといい。

17、一つ間違えたからといって、残りの99まですべて否定するな。他人への公平な正しい評価も大事だが、自分自身への公平な正しい評価も、それと同じくらい重要なものなのだ。自分の努力や成果も必ず、正当に正しく評価せよ。

18、自分が、確実に「分かった」、「できた」、「達成した」というような新しいことを知る悦び、新しいことができるようになる悦び、そして、新しい段階に飛躍する悦びを一つ一つ大切に味わえ。

19、そう簡単に自分の能力を限定するな。常に「自分は、できる」、「それは、自分にふさわしい」と、強く自分に言い聞かせてから、物事にのぞめ。

20、同じことなら他の人よりも、より早く、より正しく、より美しく、より素晴らしく、そして、より相手に悦ばれるようなことができるように心掛けよ。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2010年12月25日 9:18 PM, 成功論、繁栄論