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霊的な観点から見た共産主義思想について Part 26

 つまり、一般に資本主義や自由主義と呼ばれている国々では、政治のやり方や、政治家や官僚などに対して、暴力的なものや反社会的なものなどでなければ、誰でも自由に意見を言うこともできれば、また、そうした政府に反対する活動であっても自由に行うことができるし、さらには公正な選挙によって、多くの人々の賛同が得られるのであれば、そうした国の政治のあり方や、政治家の顔ぶれについても、ある程度、自由に変えてゆくことができるようになっているわけです。

 ところが共産主義や社会主義の国々では、そうした自由な意見の発表や自由な政治活動が禁止されていることが多いので、たいてい部分的なやり方を変えることはできたとしても、そうした共産主義や社会主義といった国の根本的な政治の枠組みや、政治家の顔ぶれに関しては、よほどのことがない限り、なかなか変えることができなくなっていることが多いわけです。

 しかし、先ほども述べたようにマルクスの唱えた共産主義や社会主義の思想というのは、昔からの封建的な国家体制を打ち倒す革命思想としては、多くの人々の心を動かすような非常に魅力的なものであったとしても、実際に政府を運営して、人類が長年追い求めてきた理想の社会を作ってゆくための実務的な内容としては、はっきり言って、それほど完璧な、よくできたものではないようなところがあったわけです。

 それゆえ、そうした共産主義や社会主義の革命を成し遂げた国々では、どこも最初のうちは、ある程度うまくいったように見えたとしても、たいてい数年、数十年と経つ間には、次々と様々な現実の問題が出てくるのに、それがまるで宗教的なドグマのように共産主義や社会主義の思想に忠実でなかったことが大きな問題であったかのように、常に話がすり替えられ続けていってしまうために、かえって数年どころか、数十年以上にわたるような非常に長い国家レベルの大変な社会的な問題が、ずっと続いてゆくような状況になっていってしまうことが非常に多かったようなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年5月27日 6:04 PM, 人生観、世界観 / 宗教、道徳 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 25

2、たとえ共産主義や社会主義の政治体制であったとしても、より優れた理想の社会を建設してゆくためには、ある程度、個人の自由な言論や表現を認めたり、普通選挙の実施によって、大多数の国民の意見を、政治の世界にある程度、きっちりと反映させるようにしていった方がよいのではないだろうか

 二つめは、これも非常に問題が多かった内容になるのですが、たいてい、そうした共産主義や社会主義の国々では、かつて彼らが散々敵視していた宗教や政治体制のあり方とほとんど同じように、彼らの思想や政府の方針と相容れない人々の自由な言論や活動に対して、非常に厳しい監視の目を光らせたり、非常に激しい妨害や弾圧をするようになってゆくことが非常に多かったようです。

 そうした共産主義や社会主義の国々が目指す理想社会をつくってゆくためには、どうしても様々な段階で、そうした国々の現実の社会の状況や、世界中の様々な国々の社会の状況を冷静に調査したり、分析してゆくことが、とても大切になってくると思われるのですが、ところが、ここで問題なのは、たいてい、そうした共産主義や社会主義の国々では、なかなか、そうした国々が目指しているような社会の状況にならなかったとしても、絶対にそうした国々の思想や政治のやり方そのものの問題とはされずに、彼らの思想や政府のやり方に従わない人々の責任にされたり、多くの人々の意識の低さや努力の不足のせいにされて、いつまで経っても、そうした共産主義や社会主義の思想そのものや、政府自身の責任に関しては、ほとんど全く問われないようになってしまうことが非常に多かったようなのです。

 

 続く・・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年5月27日 6:03 PM, 人生観、世界観 / 宗教、道徳 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 24

1、共産主義や社会主義の国々では、よく問題が起きると、誰かをスケープゴートにして、国家体制の引き締めを行うことが多かったようなのだが、実際には、共産主義や社会主義の思想ややり方そのものに大きな問題があったのではないだろうか

 まず一つめは、たいてい、どこの共産主義や社会主義の国々でも、経済的、社会的に何か大きな問題が起きると、誰かの責任として、スケープゴート的に批判して、処罰すると共に、再び、共産主義や社会主義の原点に引き戻して、多くの人々を、かなり厳しく締め直すような国家体制の引き締めを大々的に図ろうとすることが多かったようです。

 ところが、これは歴史的には、ほぼ完全にはっきりしていることであると思われるのですが、そのような形で、誰かをスケープゴートにして、そうした共産主義や社会主義に基づく国家体制の引き締めを行ったとしても、たいてい数年、数十年経つと再び、ほぼ同じような問題や不祥事が起き続けることが多かったようなのです。

 その理由は、先ほどから何度も述べているように、そうした問題が起きる、そもそもの原因が、そうしたスケープゴート的な人物や、多くの人々の気持ちの緩みや怠惰にあるのではなくて、そうした共産主義や社会主義の理論や思想ややり方そのものに大きな問題があったからではないか、というように単純に推測されます。

 ですので現在も残っている共産主義や社会主義の国々の中で、なんとか、わりと経済的、社会的に良くなっている国々は、ほぼ一つの例外もなく、みんな、そうした共産主義や社会主義の国々としては、徹底的に敵視していた資本主義や民主主義の国々の制度ややり方を、部分的にうまく国の制度に取り入れた国々ばかりになっているようなところがあるわけです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年5月20日 9:06 PM, 人生観、世界観 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 23

 それゆえ、そうしたマルクスの思想に基づいて、国家レベルで共産主義や社会主義の革命を行った国々では、たいてい表向きのプロパガンダでは、あたかも非常に華々しい、素晴らしい成果が上がっているような発表が多かったようなのですが、ところが実際には、そうした思想に基づいた経済運営を、あまりにも大規模に徹底的にやりすぎてしまったために、かえって農業生産が大きく落ち込んで、それまでの時代には、決してなかったほどの大変な飢餓で大勢の人々が苦しむような事態になってしまったり、また、わりと単純な工業生産などでは、そこそこ成果が上がったこともあったようなのですが、たいてい工業生産においても、思ったほど生産が伸びずに、あちこちで物不足になったり、非常に低品質な製品が数多く生産され続けるような状況になってしまったり、さらには、そうした社会の状況を情報統制して、徹底的に隠蔽して、隠し通そうとすることが非常に多かったようなのです。

 それでは、こうしたこれまでの共産主義や社会主義の国々の社会において、実際によく起きてきた出来事から、いったいどのようなことが言えるのか、というと、だいたい次のようなことが言えます。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年5月20日 9:04 PM, 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 22

 共産主義や社会主義の国々では、マルクスが唱えた共産主義や社会主義の理想に基づいて、「資本主義や自由主義の国々や人々と激しく闘争してゆかなくてはならない」などというような国家や集団としての大きな旗印を立てることが多かったようです。

 ところが、そうすると、どうしても「これは共産主義や社会主義の考え方から見て、正しく合っているものなのか?」「これは我々が敵対し、闘争している資本主義や自由主義の思想や行動なのではないか?」などというように、たとえ実際に戦争なんてしていなくても、まるで常に激しく闘争し、対決しているかのように、一人一人の個人や集団に対して、非常に厳しい言論や活動の監視や統制を行うようになっていったり、あるいは、そうした資本主義や自由主義の国々に対する激しい対決姿勢をとっていったり、さらに昔の時代であると時には、テロや犯罪に関わるような活動すら行うようになってゆくことが非常に多かったようなのです。

 ところがみなさんもよくご存知のように残念ながら、ここまで様々な観点から述べてきたように、そもそもマルクスなどが中心になって唱えた共産主義思想は、後に多くの人々から、たくさん批判され続けてきたように、はっきり言って、その時代の人々には、非常にセンセーショナルに受け入れられたかもしれないけれども、本当は学問的にも思想的にも、それほど完成されたものではなかったし、また、すぐに国家規模で大きな成果を上げ続けられるような、現実に実現可能な経済的な手法でもなかったようなところがあったわけです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年5月20日 9:03 PM, 人生観、世界観 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済 / 軍事

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 21

 さらには人間だけでなく、様々な物や土地や資源などを効率的に活用したり、そうした社会的な富や価値を表す指標であるお金を、いかに最も効果的に使ったり、溜めたり、投資したり、運用してゆくか、というようなお金に関わる経営や金融に関わる仕事も、必ず出てくるわけです。

 ところが、マルクスの共産主義思想では、そうした人間の性質や、人間社会の仕組みについての調査や研究は、ほとんど何もなされていないようなところがあったわけです。

 その結果、どの社会主義や共産主義の革命を成し遂げた国々であっても、マルクスの理論に則って、資本家のいない最高に優れた労働者だけの理想社会を作り上げたはずであったのに、結局、いつになっても、それぞれの個人の間で様々な問題が起きることもあれば、昔の封建時代とほとんど同じような特権階級もいれば、また汚職や犯罪もあるし、さらには差別や抑圧や貧困の中で虐げられる労働者も大勢いるような社会になってゆくことが非常に多かったようなのです。

※結局、「共産主義」や「社会主義」や「平等社会」の看板に掲げる、新しいタイプのかなり硬直化した階級社会になってしまうことも多かったようです.

※一般には、科学的な立場であると、そうした理論がある場合、本当に正しいのか、実際の事実に基づいて、かなり細かく検証することが大事になります。それから、たいてい国家規模のかなり大きな事業を行う場合には、最初はかなり小規模な形で試験的に実際にやってみて、本当にそうした効果があるのか、かなりしっかりとよく確認した上で、その後、少しずつ規模を広げて、そして最終的により大きな国家規模で実行してゆくようになることが多いようです。

※ですので、その点、共産主義や社会主義の革命の場合には、確かに多くの人々の心を揺り動かすような大きな魅力はあったかもしれないけれども、本当は学問的な正しさや、現実の成果の確認のようなものが、ほとんどいっさい行わないような形で、革命によって、いきなり、かなり大きな国家規模でそうした共産主義や社会主義の改革が実行されたことが、その後の大きな失敗や混乱の原因になったのではないか、と思われます(2026年5月10日追記)。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年5月6日 4:06 PM, 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 20

 つまり当時のマルクスは、独自の経済理論や思想的な研究や、当時の支配階級の人々へのかなり激しい敵意や憎悪などから、共産主義思想を信奉していったり、さらには、そうした共産主義革命を実現してゆこうとしていったわけなのですが、しかし残念ながらマルクス自身は、もっと具体的な人間そのものの性質や、人間社会の仕組みなどについては、それほど細かく調査も分析もしていなかったようなのです。

 ただ、今から百年以上昔の資本主義の問題が、いろいろとたくさん噴き出していた時代において、人間の社会を単純に二つの階級に分けて、「資本家が社会の富を不当に独占して、大勢の労働者から、とんでもない搾取しているので、労働者で団結して、資本家と戦おう」とか、「資本家を倒して、労働者が支配する素晴らしい理想社会をつくろう」などと言えば、大勢の労働者的な立場の人々の日頃の不満や嫉妬心や闘争心に火をつけて、大きな労働者運動のようなものは起こしやすかったのではないか、とは思われます。

 しかし、もっと冷静に客観的に現実の世界の人間の性質や、人間社会の様子を見てみた場合には、先ほども述べたように同じ人間であっても、いろいろな好みや能力ややる気の違いがあるし、また、もっと大勢の人々が集まる人間の社会になると、どうしても単に同じ一種類の労働をしている人々ばかりではなくて、そうした人間の社会を維持してゆくために農業や漁業や工業や商業などのような非常に様々な種類の産業の仕事があるだけでなく、さらには政治家や役人や教師や警察官や軍人などの仕事というように、どんな社会であっても、大勢の人々を管理したり、教育したりするような、言ってみれば、経営や管理の仕事に携わるような人々も、必ず必要になってくるようなところがあるわけです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年5月6日 4:04 PM, 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 19

マルクスの共産主義思想では、人間そのものの性質や、人間社会の仕組みなどについては、ほとんど何の深い調査も研究もされていなかったのではないだろうか

 ここからは、マルクスが唱えた思想そのものではなく、その後に彼が唱えた思想に基づいて、実際につくられた社会主義や共産主義の国々において、よく起きていた現実の状況などを元に、様々な観点から考えてゆきたいと思います。

 ここまで様々な観点から述べてきたように、実際に社会主義や共産主義に基づく国づくりを進めてみると、確かに理論上は、労働者の代表が政治権力を独占した、非常に素晴らしい平等社会になるはずだったのですが、実際には、そのようにして権力を牛耳った人々は、大多数の普通の労働者と同じように非常に貧しい生活を送ったり、大変な肉体労働をする人々なんて、ほとんどいなかった、ということです。

 そうではなくて、たいてい、そうした政治権力を握った人々は、大多数の労働者の人々の仕事や生活がうまく回るように、まるで当たり前のように様々な調査や研究をしたり、数年規模の大きな経済や経営の計画を立てたり、さらにはそうした経済や経営の計画の確実な実現を図るために、以前の社会とほとんど同じように階級的に上の立場に立って、大多数の労働者の人々を非常に厳しく管理しようとしてくることが多かったようです。

 そして、そうした政治権力を握った人々は、だんだんとそうした高い地位の仕事や高い身分にふさわしいだけの特別な収入や待遇を得るようになったり、また巧妙な手口でたくさん賄賂を受け取るような様々な汚職に手を染めてゆくことで、非常に裕福な生活を送るようになってゆくことが非常に多かったようです。

 ですので、はっきり言うと、そうした人々は、かつてマルクスが散々批判していた、昔の代々の世襲制の国王や貴族のような、ある種の特権階級的な立場の人間に変わっていってしまうことが、とても多かったようです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年5月6日 4:03 PM, 人生観、世界観 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 18

 それで私が特に問題が多いと感じているのは、そうした社会主義や共産主義に基づく暴力革命の考え方では、単に非常に裕福な資本家を敵視するだけでなく、普通選挙の実施によって、非常に大多数の労働者的な立場の人々の利益や意見も、十分に政治の世界に反映されているはずの民主主義的な政治体制に対しても、非常に敵視して、様々な宣伝工作や破壊活動のようなことをたくさん行おうとすることが非常に多かったことです。

 確かに今から百年以上昔の当時のマルクスが共産主義運動を繰り広げていた時代であれば、本当に人口の中のほんの一握りの王や貴族のような非常に裕福な特権階級の人々だけが、非常に大多数の貧しい人々を、かなり不当に過酷な労働に従事させているように見えたかもしれないということは言えます。

 しかし、その後の非常に大多数の人々が普通に選挙権を持つようになった民主主義の国々の社会では、はっきり言って、たいていの労働者的な立場の人々の利益や意見についても、まるで当たり前のように選挙で政治に直接反映されるようになっていったわけです。

 ですので、そうした社会の状況の場合には、自由主義的な政策がよいのか、それとも社会主義的な政策がいいのか、というのは、その時々の社会の状況に応じて、それぞれの国の国民がしっかり選べばよいだけの話になってしまっているのではないか、と思われます。

 そうすると当然、そうした民主主義の国々の社会の状況では、共産主義や社会主義に基づく訳のわからない宣伝工作や、暴力革命的な侵略や破壊活動のようなものは、労働者的な立場の人々も含む、大多数の普通の市民生活を脅かすような、全く的外れの方法になってしまっていたのではないか、ということなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年4月27日 9:06 PM, 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済 / 軍事

霊的な観点から見た共産主義思想について Part 17

 ただ、当時のマルクスも、「非常に少人数の労働者的な立場の人々が、単なるその場的な怒りや勢いだけで暴力革命を目指そうとしても、すぐに時の政府に簡単に鎮圧されてしまうのではないか」というような理由から、そうした暴力革命は、非常に多くの労働者的な立場の人々が、何らかの理由で政府に対して、非常に怒りが溜まっていて、しかも十分な力がある時のみにしか、うまくいかないのではないか、などというように考えていたようです。

 実際、マルクスが生きている間には、そうした共産主義や社会主義革命のようなものは、なかなかうまくいかなかったようなのですが、やがて、だんだんと時代を経るにつれて、新しい商工業者や労働者的な立場の人々が社会的に大きな力をつけるようになってゆくと共に、古くからの王や貴族などの権力階級の人々が、相対的にだんだん力を弱めるようになってゆくと、当時のヨーロッパのあちこちにそうした共産主義や社会主義の政権が作られるようになっていったようです。

 元々、マルクスの思想では、人類の長い長い階級闘争の歴史の果てに、最終的に労働者の人々が独裁的な立場で政治権力を担って、人類の歴史上、最も優れた社会主義や共産主義の政治を行うようになるとしていたようです。

 しかし、その後にできた実際の社会主義や共産主義の政治では、そうした共産主義や社会主義的な価値観に合わない人々の意見や行動を非常に厳しく制限したり、弾圧するようになっていったり、また、そうした価値観に反する意見の政治家や政党には、いっさい政治権力を担えなくさせるような非常に硬直化した、かなり独裁的な政治体制になってゆくことが非常に多かったようです(結局、労働者独裁を旗印にした、新しいタイプの非常に厳しい階級社会に移行しただけの社会革命に終わることも、とても多かったようです)。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年4月27日 9:05 PM, 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済 / 軍事