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宗教選びの五つの要素について Part 4

たいていの宗教の「天国」と「地獄」の内容においては、その時代の、その国や地域において、多くの人々が、一番、嫌だと思っている内容が、地獄の要素になり、その反対に、多くの人々が、一番、魅力に感じている内容が、天国の要素になっていることが多い

 そうすると、次には、「地獄」と「天国」の話になるのですが、実は、これは、さっきのこの世の否定と、かなり密接に絡んでいて、たいていの宗教における地獄と天国の説明というのは、はっきり言うと、この世の世界において、多くの人々が、一番、嫌だと考えるような内容が、地獄の要素になっていて、その反対に、多くの人々が、一番、魅力的に感じているような内容が、天国の要素になっていることが、極めて多い、ということです。

 

それぞれの宗教において、多くの人々が、最も嫌がる地獄の要素と、多くの人々が、最も魅力的に感じる天国の要素について

 これも、具体的に言わないと、少し分かりづらいと思うので、具体的に解説してみたいと思いますが、代表例としては、大体、以下のような11の内容になります。

1、日差しのきつい暑い地域では、真っ暗な日陰があって、涼しい世界が天国で、日差しのきつい、明るくて、暑い所が、地獄になっているが、その反対に、一年中、寒い国では、明るくて、暖かい世界が天国で、その反対に、真っ暗で、寒い世界が地獄になっている。

2、多くの人々が、貧しく、飢えて、暮らしている地域では、物質的に豊かで、おいしいものが、たらふく食べられるような世界が、天国で、みんなが貧しく、お腹をすかして、飢えている世界が、地獄になります。

3、いつも戦争や犯罪が多い国では、とにかく、平和で安全なのが、天国で、いつも戦争や犯罪で荒れている所が、地獄になります。

4、多くの人々が、病気や怪我で苦しんでいる地域では、とにかく、健康で、平安なのが、天国で、その反対に、病気や怪我の苦しみが蔓延している所が、地獄になります。

5、国王が、悪政を敷いて、贅沢ばかりして、国民が苦しんでいるような地域では、悪い王様が悪政を敷いている世界が地獄で、神仏やキリストのような聖人が統治している、幸せな世界が、天国ということになります。

6、たくさんの戒律や法律があって、暮らしづらい地域では、大変な戒律や法律があって、恐ろしい拷問や刑罰のある世界が地獄、その反対に、非常に簡単な戒律や決まりがあるだけで、みんなで気楽に、楽しく、幸せに過ごせる世界が、天国ということになります。

7、性道徳が厳しかったり、結婚や離婚の自由のない地域では、性道徳の厳しい世界が地獄、その反対に、恋愛や結婚や離婚が自由だったり、性道徳が緩くて、わりとセックスがフリーな世界が、天国ということになります。

8、教育環境が劣悪で、学問の自由のない地域では、自分の好きな勉強のできない、何も学べない世界が地獄、その反対に、自分の好きなことを、好きなだけ自由に学べるような世界が、天国ということになります(仏教の天国観では、よく「○○如来の尊い教えが説かれている」、なんて話が多いですね)。

9、国中、どこもかしこも乱れていて、あまり、きれいと言えないような、汚い地域では、汚れた、乱れた世界が地獄、その反対に、きれいで、美しく整った世界が、天国ということになります(ダメ押しで言うと、もう汚い都会で、うんざりという場合には、美しい自然に囲まれた所が、天国で、汚い都会が、地獄になるのですが、その反対に、国中、手つかずの自然だらけで、何もないような地域では、きれいな建物が並んでいる所が、天国で、何もない手つかずの自然の所は、地獄のような扱いになっていることが多いようです)。

10、あれもこれも決まりだらけの不自由な地域では、何をやるにしても、言われたことしか出来ないような不自由な世界が、地獄、その反対に、何でも自分の自由にできるような世界が、天国ということになります。

11、人徳や能力のない人が、支配階級になっているような、身分制の強い地域では、とんでもない悪い人が、支配階級になっている世界が地獄、その反対に、有徳で能力の高い人が支配階級になっている世界が、天国ということになります。

 例をあげると、きりがないので、この程度にしておきますが、要するに、古今東西問わず、たいていの宗教では、その時代の、その国や地方の多くの人々にとって、一番、嫌だと思われているような内容が、その宗教で信じられているような地獄の内容になっていて、その反対に、その時代の、その国や地方の多くの人々にとって、一番、魅力的と思われるような内容が、その宗教で信じられているような天国の内容になっている、ということなのです。

 

地球上の宗教の「天国」と「地獄」の内容を詳しく分析してみると、実際には、それほど統一された天国観や地獄観というのはなくて、それぞれの時代の、それぞれの国や地域ごとの、多くの人々の生活感覚の違いによって、かなり違った天国観や地獄観が存在しているものである

 ですから、これは、たいていの人は、あまり考えたことのない内容になるのではないか、と思われるのですが、実は、たくさんの宗教の天国と地獄に関する具体的な内容を、国や地域ごと、あるいは、時代ごとに並べ直してみると、例えば、ある国では、とにかく、暗くて、寒いのが、地獄と言われているのに、別のある国では、とにかく、明るくて、暑いのが地獄だと言われていたり、あるいは、その反対に、ある国では、明るくて、暖かいのが、天国と言われているのに、別のある国では、とにかく、影があって、涼しいのが、絶対に天国の風景だと言われていたりする、などというように、実は、それぞれの宗教ごとに、その時代や、あるいは、その国や地域の状況によって、天国と地獄のイメージというのは、かなり異なる、というのが、実際の現実であった、ということなのです。

※一般に、天国と地獄の具体的なイメージというのは、その宗教の魅力に直結するので、例えば、イスラム教を例にとると、現代だと、イスラム教は、結構、厳しい戒律で有名なのですが(よく考えてみると、昔は、どこの国の宗教や社会でも、私は、似たり寄ったりなのではないか、と思うのですが・・・)、ただ、それ以上に魅力的なのが、天国の風景になるのではないか、と私は思うのです。

 イスラム教の天国のイメージというのは、まあ、みなさんも、よくご存知の通り、中世初期の赤道直下のアラビア半島での天国のイメージであるために、「とにかく、木陰があって、涼しい」、とか、「王様みたいに、奥さんが何人もいて、ちょっとした贅沢な生活ができる」、というようなイメージになっているのですが、ところが、いくらイスラム教が広がって、アジアの果てまで広がってきたとしても、例えば、東洋の一番端(はし)っこの日本ぐらいまで来ると、たいていの日本人は、「夏は涼しいのがいいけど、ここは、年中、雨が降って、そこら中、森林だらけだから、砂漠と違って、木陰なんて、幾らでもあるし、君たちみたいに、そこまで暑いのが、辛いとは思えないな・・・」、とか、「ここは、昔から性道徳が緩いから、そんな戒律守ってまで、たくさんの女性に囲まれたいとは思わないな・・・」、とか、「ここは、夏は、暑いのが大変だけど、冬の寒さを乗り越える方が、もっと大変かな」、などという具合に、結局、たいていの人は、あの世の天国の魅力や地獄の怖さと、それから、この世的な宗教の戒律の間で、損得勘定を、あれこれ考えると、「まあ、ここは、その時代の最先端の隣の中国の宗教か、伝統的な日本の宗教で、十分かな」、などというような結論になってしまい、中世において、あれほど全世界に勢いよく広がっていったイスラム教であっても、東洋の隅っこの日本ぐらいまで来ると、ピタッと、勢いが止まってしまうようなところがあったのではないか、ということなのです。

 

 続く・・・

 

 

 追伸

 この話の続きは、また来週になります。

 

Cecye(セスィエ)

2011年10月22日 9:11 PM, コラム / 人生観、世界観



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