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職業と人生 Part 8

⑤たいてい経済成長の時代は、多くの人々にとって、職業や人生についての試行錯誤の時期になっていることが多い

 五つめは、これもあまり言われることは少ないのですが、こうした時代は、ある意味で、もっと成熟した社会への一種の過渡期のような時代に当たっているようなところがあるので、多くの人々が、自分にとって、あるいは、自分の家族や社会にとって、何をすることが最も良くて、また最も満足感や幸福感があるのか、ということを様々な場面で、ずっと試行錯誤し続けているような時代になっていることが多いのですが、そうした中で多くの人々は、だんだん次のような職業や人生についての、ある種の結論のようなものを見いだしてゆくようになることが多いようです。

 一つめは、これは、かなり良いケースになるのですが、若い頃、あるいは、ある程度、年齢を経た頃に自分としては、大きなやりがいや充実感が感じられるような良い仕事に就けたので、かなり大きな満足感や幸福感を感じられるようなケースになります。

 二つめは、最初の仕事選びの段階での間違いや失敗や、大きな政治や経済の変動や会社の倒産やリストラや、あるいは、自分や自分の周りの人々の何らかの間違いや失敗によって、その人自身としては、大変不本意な形で、あまり大きな満足感や幸福感が得られないような仕事に就かざるを得なくなってしまうようなケースがあるのですが、こうした場合には、その人自身として、自分の職業や人生にある程度、割り切った目を持てるようになるまでは、あまり仕事に満足感や幸福感を持てなくなったり、また、なかには、かなり長期間に渡って、非常に不満や嫉妬や怒りや後悔を抱えながら、仕事せざるを得ないような状況になることもあるようです。

 また、もっとひどい状況としては、そうしたある程度、安定した仕事にすら就けないような、いわゆる長期失業状態に陥り、結構、自暴自棄な人生を歩まざるを得ないような状況に置かれることもあるのですが、そうした意味では、その人がある程度、十分な満足感や幸福感が得られるような職業に就けるかどうか、ということは、その人の人生にとって、非常に重要なことであるということが言えるようです。

 三つめは、その社会では、わりと恵まれている、というか、他の人々からは、かなり羨まれるような仕事についていたにも関わらず、その人自身としては、いつも何となく自分の居場所に違和感を感じていたり、十分な満足感が得られなかったようなケースになるのですが、この場合には、何となく、そのまま仕事を続けてしまうようなタイプの人と、そうした仕事以外の趣味やボランティアといった、何らかの別の活動に自分の人生の意義を見つけ出そうとしてゆくようなタイプの人がいるようです。

 また、そうした仕事には恵まれていたとしても、その人自身や家族の問題で、あまり仕事に熱意が持てなかったり、また逆に仕事が原因で、その人個人や家族に大きな問題が巻き起こってくることもあるようなので、そうした仕事と個人のバランス関係、あるいは、仕事と家族のバランス関係をうまくとることは、その人自身の人生にとって、非常に重要なことであるということが言えるようです。

 

 続く・・・

 

 追伸

 どうも「人生」という概念には、結構、きついマインド・コントロールがかかってくるらしく(きつく厳しく、なかなか、どうにもならないというようなニュアンスでしょうか・・・)、最初に書いた原稿だと、うまく世の中の実情を反映していないように思われたので、お休みの間、少し文章を書き加えていました(私も、みなさんと一緒で、そうしたものの被害者なので・・・)。

 現在も職業や人生というと、多くの人々にとって、なかなか多少得たいの知れないような、よくわからないようなところも多いように思われるのですが、この文章の結論的な内容としては、「確かにいろいろと問題はあるかもしれないけれど、それでも昔の時代と比べれば、多くの人々は、だんだん理想的な世界の仕事に就けるようになっていっているし、また、そうした理想的な世界の生活をするようになっていっているし、また、それぞれの人も、その人が置かれた状況としては、最善の人生を歩んでいっているようなところがあるのだ」というような結論になるものと思われます。

 文章をかなり書き加えたので、前のULRを変えて、再度、載せ直すことにします。

 

Cecye(セスィエ)

2015年3月9日 9:03 PM, 人生観、世界観 / 成功論、繁栄論 / 歴史 / 社会、文化



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