Light Symbol

光について Part 15

 三つめは、これは、とても説明が難しいのですが、それでは、神仏は、いったい、どのような理由で光り輝いているのか、ということなのですが、かなり大まかな説明になるのですが、手短かに言うと、こんな理由になります。

 昔、まだ、この宇宙が生まれる以前のカオスの時代に、この宇宙の創造主の最初の前身のような存在が(当時は、まだ人間のような姿形はなかったのですが・・・)、ある一つの偉大な発明を思いついたのですが、それは、本当にちっぽけな何もできない存在であっても、どうも自分自身の全身全霊を捧げるような真心を込めて、他者に何かを捧げるような尊い気持ちを持つと、その時にパッと一瞬、光の輝きが生じて、小さな光や熱を発するエネルギーの玉のようなものを生み出せるらしい、ということに気付いたのです。

 そうすると、何もなかった空間に、パッと明るい小さな光の玉のようなものが生まれて、ある程度の時間の間、明るく光り輝いているらしい、ということに気付いたので、それ以降、この宇宙の創造主の前身のような存在は、少しずつ、そうした、ひとしずくの愛の光を一つ一つと生み出していっては、その当時の真っ暗闇のカオスの世界を、すべて末永く明るく照らし出してゆけるような、この宇宙の最初の太陽のような大きな光の玉を創ることに、全身全霊をかけて、取り組んでゆくようになったのです。

 ところが、前にも述べたように、この宇宙が生まれる前のカオスの世界というのは、本当にとんでもない取り合い、奪い合いの世界であったので、そのようにして、本当に血のにじむような大変な努力を積み重ねて、やっとの思いで創り出した大きな光の玉であっても、完成した後、しばらく時間が経って、原初的なユートピアのような世界が、ある程度、出来上がってくると、「これを全部、自分のものにしたい」、とか、「お前さえ殺せば、全部、私達のものにできるはずだ」、とばかりに、現在の闇の勢力の前身のような存在達が、訳の分からない所有権のようなものを主張しては、様々な手段で陥れて、創造主の前身のような存在を、その時代としては、本当にかなり残忍極まる手段で拷問して、殺し、霊的に封印してしまうような悪行を行ったのです。

 そのような事態になっても、まだしばらくの間は、そうした光り輝く太陽のような光の玉は、何とか、か細く光り輝き続けていたのですが、ところが、そうした太陽のような光の玉は、最初の創造主の前身のような存在の愛によって、生み出された、言ってみれば、彼の霊的な体の一部に過ぎないようなところがあったので、そのうち、時間が経つにつれて、だんだん薄暗くなってゆくと、やがて、完全に真っ暗な存在になり、小さくなって、消えていってしまったのです。

 その後、再び、真っ暗闇の世界になって、かなり時間が過ぎた頃、再び、この宇宙の創造主の前身のような存在が意識を取り戻すと、また、ほとんど何の記憶もない無のような状態から、そうした魂の気づきを得ると、再び、大変な努力の末に、そうした最初の太陽のような存在をゼロから創り直してゆくと、その後、結局、同じような終末に至る、というような歴史を、この宇宙が始まる以前のカオスの世界では、本当に星の数ほど、何度も何度も繰り返してきたようなところがあったのです。

 ですから、そうした目から見ると、これは、物質的な光とは、かなり違った霊的な光の話になるのですが、神仏が、なぜ光り輝いて見えるのか、というと、それは、そうした神仏のような存在は、常に愛と慈悲に満ち満ちた心で生きているからである、ということが言えるようです。

※この宇宙が始まる以前のカオスの世界では、本当に星の数ほど、訳の分からない無数の世界の創造と崩壊の歴史(現在の宇宙のイメージとは、かなり違うのですが・・・)の繰り返しがあったので、現在の物質世界の歴史のように、「誰それが、何々をした結果、こういう状況になった」、というような、単純な一つのストーリーでは、とてもではないが、うまく説明しきれないようなところがあるのですが、こうしたパターンのカオス時代の世界の創造と崩壊の歴史は、本当に星の数ほど、無数に繰り返されてきたようなところがありました。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2014年11月27日 9:07 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 宗教、道徳



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