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自分の気分が暗くなり、滅入るような情報に接する時間は極力短くし、できるだけ自分の気分がより明るくなり、ハイになるような情報に接する時間を増やすようにしてゆく Part 8

4、自分自身が最高に幸福になり、また自分の周りの人々も最高に幸福にしてゆけるような心のあり方や行動のあり方を再度、努力して身につけてゆく

 第四には、これは現代の社会では、ほとんど個人の自由に任されている内容になっているのですが、私は多くの人々が、本当に幸福に生きてゆけるような社会を作ってゆくためには、常に自分自身をより幸福にし、また自分の周りの人々も、より幸福にしてゆけるような心の持ち方や言動を行ってゆけるようになることが非常に重要なのではないか、というように考えているのです。

 その点、現在の学校であると、とにもかくにも「笑わずに真面目な顔で勉強しているかどうか」とか、「リラックスした姿勢をせずに、いつもガチガチの硬い姿勢を保ち続けているかどうか」ということが、十年以上もの間、常に厳しくチェックされ続けるようなところがあるので、正直言って、こうした考え方というのは、現在の学校運営のあり方とは真っ正面から対立するような考え方になるのですが、ところが、そうした学校を卒業した後、「結局、何十年も真面目一筋に働き続けてきたが、その間、心からの幸福なんて一度も感じたことがなかった」とか、「周りからは、ものすごいお金持ちとか、成功者などと言われるのだが、何年、何十年経っても、自分としては、本当に成功した感覚もなければ、心からの満足感も、ほとんど感じたことがない」というような人生を歩む人がいたとしても、結局、学校というのは、その人に対して、何の補償も責任も取ってくれないようなところがあるということなのです。

 つまり現在の学校制度であると、「確かに勉強は出来るようになった」、「人並みに就職も出来て、お金も稼げるようになった」、「確かに仕事も家族との関係もあまり大した支障もなく、無難にこなせるようになった」というようなところまではしっかり行くのですが、ところが、「それでは、あなたは毎日、本当に幸福に過ごしているのですか」とか、「毎日、心からの悦びや嬉しいという感覚は、どれくらい味わっているのですか」と聞かれると、たいていの人は、そこでフリーズしてしまい、考え込んでしまうようなところがあるのではないかということなのです。

 つまり「幸せの青い鳥」の話ではないのですが、現在の多くの人々は、本当の幸せを手に入れるために、おじいさん、おばあさんの世代も、それからお父さん、お母さんの世代も、そして今を生きる多くの人々の世代も、それこそ本当に一生懸命、日夜努力して働き、そして精神的、物質的な本当の豊かさや幸福の実現を求めて、いろいろなことに挑戦し続けてきたのではないかと私は思うのですが、そのためにとても大切な社会制度の一つであったはずの「学校」が、確かに多くの人々の教育レベルを上げて、多くの人々を物質的には非常に豊かな生活ができるようにしていったところもあるのですが、ところがよくよく冷静に振り返ってみると多くの人々が、本当に心の底から求め続けていた「幸福の実現」という観点から見てみると、現在の段階では、「勉強は出来るようになったけど、心からの幸福感なんて、ほとんど感じたことがない」とか、「仕事は一人前に、いくらでもこなせるようになったけれども、本当の心からの悦びなんて、もう何年も感じたことがない」などというように確かに現在の学校制度というのは、多くの人々の学力の向上や仕事能力の向上という点では大きく貢献しているところがあるけれども、ただその過程では、個人個人の幸福をかなり強い圧力をかけて、断固として否定しまくってくるような「幸福否定教」、もしくは「反幸福教」のような側面を持っているようなところがあるということなのです。

 それでは、多くの人々が、本当の幸福を実感できるようになるためには、いったいどのようなことが必要なのかというと、大体、以下のような三つのことが言えます。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2011年7月28日 9:33 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 人生観、世界観



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