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昔の大日本帝国憲法の問題点について Part 7

4、大日本帝国憲法の場合、そもそも最初の時点から、その後の改正がほぼ不可能な改正不可能憲法になっているという非常に大きな問題があった

 第四には、これはあまり指摘されることが少ないのですが、ここまで様々な形で述べてきたように大日本帝国憲法にはかなり大きな欠陥があったのですが、ところが、そうした欠陥を誰も公の場ではっきり明言することもできなければ、またそうした議論もすることすらできないというような、はっきり言うと、そもそも最初の時点から、そうした憲法の改正がほぼできないような改正不可能憲法にしてあるというような非常に大きな問題がありました。

 これに関しては、大きく四つのことが言えます。

 一つめは、これは憲法の条文を読んでみるとよくわかるのですが、大まかに要約すると、まず最初の時点で当時の日本の大多数の国民の支持に基づく国民憲法のようなものではなく、天皇が定めた欽定憲法、つまり、まるで神から授かったような形で宗教的な権威をもたせた憲法にしてある上に、さらにその当時の日本では、その時々の天皇に絶対的な権威をもたせるような教育と政治を行っていたので、はっきり言うと、そうした天皇の意思に反するような憲法の改正は、最初の時点からほぼ不可能なところがあったということです。

 それから二つめは、これも大変難しい問題を含んでいるのですが、こうした憲法の国家体制であると、それ以降の歴史では、単純に説明すると、「とにかく天皇は偉大で凄いのだ」とか、「そうした天皇の統べられているこの国も偉大で凄いのだ」とか、さらには、「天皇の統べられている国は、永遠に不滅の絶対的な正義の国なのだ」とか、「この国は道徳的にも世界最高の国なのだ」などというように、はっきり言うと、まずは国民の義務教育から始まって、次にはマスコミ、それから政治や軍事や裁判に至るまで、どこに言っても表向きは素晴らしい理想に満ちた建前のような言葉を話し、またある程度はそうした理想に近い言動を行おうとするけれども、ところがよく見てみると、たとえ精神的に尊い理想を持っていたとしても、食べる物や着るものや住む所に困っているような人々があちこちに大勢いるとか、少しでも弱音を言ったり、偉い人の失敗や間違いを指摘すると、とんでもない拷問や虐待を受けるとか、現実の辛さやひどさや弱さを否定して、とにかく公明正大な理想論ばかり話すような連中があちこちで幅を利かすようになるなどというように、要するに表向きの理想や発表は素晴らしいし、また中には、それなりに素晴らしい人格の持ち主や素晴らしい実績を上げるような人もいるけれども、ただ実際には、あちこちでそうした理想の建前や発表とは全く裏腹の汚い出来事が起きていたり、かなり大きな問題や間違いや汚職のようなものが隠蔽されていたりして、非常に大きな理想と現実の遊離が起きてゆきやすいようなところがあったのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2015年9月15日 9:03 PM, 政治 / 歴史



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