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昔の日本の神話について Part 11

現代日本の神道に関する注意点について

 それでは、こうした状況において、いったい、何に注意すればよいのか、というと、だいたい、以下のような四つの内容になります。

 

①霊的に見ると、現代までの日本のように、「その土地に生まれれば、ほぼオートマチックに、どこかの氏神(うじがみ)の氏子(うじこ)になる」、というような風習は最低なので、できれば、自分でよく調べた上で、自分自身の明確な意思に基づき、その土地の氏神の氏子になるかどうか、決めるのが、賢明なのではないか

 まず第一には、日本には、「その土地には、その土地固有の氏神(うじがみ)のような霊的存在がいる」、というような「氏神思想」というのがあるのですが、これに関しては、現代の多くの人々は、もうすでに、ほぼ無意識のうちに行っていることになるのですが、基本的に、現代のような「信教の自由」や「思想、良心の自由」の保証されている民主国家の市民としては、「自分の意思とは全く関係なく、自分は、その土地に生まれたので、いつの間にか、氏子(うじこ)になってしまった」、などとは、絶対に受け入れずに、その土地の神社の信仰形態に関しては、ある程度、よく調べて、その上で、自分自身の明確な意思に基づいて、その土地の氏子になるか、ならないか、ということを、しっかりと決めるべきである、ということです。

 

②現代の日本の歴史教育だと、いつの間にか、あたかも万世一系の天皇家が、何千年もの間、永々と続いていたことが、日本の重要な特質であるかのような錯覚を受けてしまいがちなのだが、実際には、それは、歴史の実態と、かなり異なるのではないか

 第二には、これも、かなり大きな問題のある内容になるのですが、日本の場合、歴史教育というのが、よく考えてみると、かなり間接的な形ではあるのですが、現代でも、一種の「天皇教」になってしまっている、というか、結構、日本の神道を中心に編纂されているようなところがあるので、それゆえ、本当は、こうした教科書の選択と決定に関しては、どこの誰とも分からないような人々が、密室で行うようなシステムにするのではなく、それぞれの地域の子供や父母が、ある程度、自由に選べるようなシステムに変更すべきである、ということです。

※ここで言う、歴史教育の問題とは、大きく三つあって、まず第一には、現在の日本の歴史教育を受けると、いつの間にか、自然自然のうちに、「現在の国家のあり方は、当然のものである」、とか、「とにかく、一人一人の国民は、何もせずに、国家の指導者についてゆけばよいのだ」、といった考え方が、身についてしまうようなところがあることと、第二には、暗記中心の試験重視教育になっているので、歴史に対する、アンチテーゼや、素朴な疑問を考えたり、それを研究することが、極めて行いづらくなっていることと、それから、第三には、現代の日本は、日本独自の歴史の展開によって、成立してきたというよりも、古代や中世には、中国や朝鮮の影響を色濃く受け、それから、近現代は、ヨーロッパやアメリカの影響を色濃く受けて、成立してきたような要素が、非常に大きいのに、そうした世界史(特に世界の近代史)的な視点から見た日本のあり方が、よく分からなくなって、非常に内向きの歴史観になってしまいがちなことの三つがあげられます。

※よく天皇礼賛(らいさん)主義のような考え方をお持ちの方が、現在の天皇家は、何千年も続いている、たいへん由緒ある家柄だというような主張をされることが、非常に多いように見受けられるのですが、これは、正直な主張で、たいへん申し訳ないのですが、歴史的には、こうした、政治的に、たいへん権威のある家系、というか、政治的正当性を、簡単に、それらしく主張できるような家系の存在というのは、それ以外の政治権力者にとっては、ものすごい脅威以外の何物でもないので、人類の歴史を見ると、そうした家系というのは、これは、現代人の視点で見ると、たいへん非人道的な話になるのですが、政権が転覆してしまうと、強制的に出家させられたり、国外追放にされるか、また、場合によっては、一族皆殺しにされて、根絶やしにされてしまうか、もしくは、その時代の、新たな権力層の人々の婿(むこ)や娘と、何度も何度も、政略結婚させられて、実質的に、その国の新たな権力層の人々の親戚のような立場にされてしまうことが多いのです。

 ですから、冷静に考えてみる限り、何千年も、一つの王家のような家柄が、永々と存続し続けてきた、というよりかは、その時々の政治権力者の子弟と、何度も何度も政略結婚し続けてきた結果、はっきり言うと、その家の名前は、ある程度、しっかり残っているけれども、冷静に元をたどってゆくと、実態としては、「結局、あの家とも、この家とも、遠縁でつながっている」、というようなことになるばかりか、さらに、そういう家系の血縁のつながりを、百代も、二百代も、さかのぼってゆくと、日本は、非常に狭い島国なので、おそらく、本当は、特別な家柄なんて、ほとんどなくて、はっきり言うと、「どの家も、どの家も、元をたどれば、どこかで婚姻(こんいん)関係でつながっている」、とか、「どの人も、どの人も、結局、元をたどると、同じ、お父さん、お母さんの子孫・・・」、などというような、ほとんど「親戚連合」(もしくは、「家族連合」)みたいな国だったのではないか、というように、私は、率直に考えております(東アジアの辺りも、昔から日本と交流が深いので、おそらく、似たり寄ったりの状況だったのではないでしょうか・・・)。

※昔の身分制の時代と違って、現代のような自由と平等の時代には、「先祖が偉いから、子孫も偉い」、とか、「親がダメだから、子供もダメ」、というような考え方は、基本的に完全に間違いで、そうではなく、「先祖が偉い人だろうが、無名の人だろうが、その子孫の人が偉いかどうかは、現在のその人の行動や業績次第」、とか、「親が立派だろうが、ホームレスだろうが、その子供が立派かどうかは、現在のその人次第」、というような考え方が、普通の物の見方になるのではないでしょうか。

※伝承の真偽は、ともかくとして、神道の伝承では、現在の天皇家は、天照大神の直系の子孫であることになっているのですが、最低でも、千数百年以上前の話なので、単純に考えて、それ以降、そうした天皇家と血縁的に関係のある人々は、おそらく、現在では、数百万人ぐらいにはなっているでしょうし、それから、おそらく、中国の「皇帝」という呼び名に影響を受けて、「天皇」という呼び名が考えられたと思われるのですが(多分、最初は、当時の中国の反応を怖れて、そっと名乗っていたのではないかと思われます)、政治的なことは、ともかくとして、宗教的には、代々の天皇は、すべて、「天照大神」を信仰する神道の神主(かんぬし)の代表、もしくは、代表的な信者のような立場であったのではないか、ということです。

※霊的宇宙的に見た場合には、いにしえの時代に、全地球的な規模で、あちこちの地域の人々が、平和的に、盛んに交流していた時代もあるので、そうした意味では、本当は、全地球的な規模で、現在の地球人は、ほぼ全員、元をたどれば、ただ一つのルーツから分かれた、家族や親戚のような関係になるのではないでしょうか。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2012年4月11日 9:03 PM, おすすめ記事 / スピリチュアリズム、霊界 / 宇宙文明、古代文明 / 歴史 / 社会、文化 / 神道



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