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昔の日本の神話について Part 7

9、日本の神話では、イザナギとイザナミの悲劇や、アマテラスとスサノオの対決のように、男と女の根本的な対立や闘争や、絶対に報われない悲劇や別れを、かなり重要なテーマとして、扱っているようなところがあるのだが、これは、今日、私達日本人が、素朴に感じている、仲の良い理想の男女像からは、かなり逸脱したものではないだろうか

 それと、これも、今日まで、日本の多くの人々に、大変、誤解され続けてきた内容の一つなのですが、神道の神話では、とにかく、イザナギとイザナミの悲劇であるとか、アマテラスとスサノオの対決などというように、男と女(もしくは、親子や兄弟姉妹の間でも)の根本的な対立や闘争であるとか、絶対に報われない悲劇や別れのような話が、意外と多いものなのです。

 ところが、みなさんも、よくご存知のように、日本の歴史を調べると、非常時の戦争や大不況や災害の大混乱期のような時期を除けば、それ以外は、常に、夫婦仲良く、ということが、世の中の暗黙のルールになっていたのみならず、そうした夫婦以外の性的な営みに関しても、かなりルーズ、というか、かなり寛容な文化の国であった、ということが言えるので、こうした点から考えてゆくと、日本の神話に見られるような、男女の悲劇や対決のような話というのは、巷の多くの人々の耳目(じもく)を引くことは、確かに事実だったのでしょうが、実際には、普通の多くの人々にとっては、かなり珍しい話だったのではないか、ということなのです。

 ですから、おそらく、こうしたケースの場合、日本人が、よく言われるような、いわゆる、「ええとこ取り」の発想で、昔から、多くの日本人は、神道の都合のいいところは、うまく祭ったり、生活に取り入れたりするけれども、神道の不都合なところは、もう適当に受け流して、ほとんど知らない振りをするか、無視する、というような生活を、ずっとし続けてきたのではないか、というように、私は、素朴に考えているのですが、それにしても、例のイザナギとイザナミの話や、アマテラスとスサノオの話は、神道の影響の強かった古代の一時や、近代の大日本帝国の時代を除けば、大多数の日本人からは、実質的に、ほぼ完全に無視され続けてきたのではないか、というように、私は、率直に感じております。

 細かいことを言うと、話が長くなるので、省略しますが、要するに、本当のスピリチュアルな教えとしては、もう少し、セックスや妊娠出産の神聖性について、述べるべきであったのではないか、と思われるのですが、残念ながら、神道には、そういう面は、非常に弱くて、肝心な所で、男と女の根本的な対立や闘争のような内容を扱っていたり、あるいは、男と女の、お互いに、絶対に報われないような悲劇や別れのような内容を扱っているようなところがあるので、私は、これは、今日、多くの日本人が考えているような、「日本人らしさ」、というか、「日本人イズム」とは、本当は、かなり異なるものだったのではないか、というように率直に感じております。

※ですから、正直言って、こうした日本の神話というのは、今日、多くの日本人が、素朴に考えているような、日本人としての統一性のルーツが描かれたものではなくて、実際には、元々は、ただ一つの中心に、仲良く、うまく、まとまっていたものが、男と女、親と子、兄弟と姉妹、人間と、それ以外の物、それから、優しい存在(ニギミタマ)と荒ぶる存在(アラミタマ)・・・、などというように、お互いに、なかなか相容れないような対立した存在に、次々と分離してゆく、分離と対立の過程を描いたものだったのではないか、というのが、私の素朴な感想になります(実際、日本では、神道が強い時代になると、多くの日本人は、温和な優しい面よりも、どちらかと言うと、やや自己中心的で勝手で、好戦的な面が強くなるように見受けられます。これは、近代日本の歩みを、すべて否定するような意味ではありませんが・・・)。

 

 続く・・・

 参考、「鏡」崇拝の問題点について

 

 

 追伸

 そろそろ原稿がなくなったので、明日以降は、ちょっとお休みになります。

 

Cecye(セスィエ)

2012年3月31日 9:06 PM, おすすめ記事 / スピリチュアリズム、霊界 / 宇宙文明、古代文明 / 神道



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