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ホームスクーリング続編 Part 2

2、日本企業の世界での活躍と比べると、相変わらず、日本の大学では、実社会で使えない変な教授がいたり、とんでもない学校運営が行われていたり、できる学生に嫌がらせしたりすることがあるようなので、最近では、すっかり日本の大学には、うんざりしてきてしまった

 次に驚いたのは、やっぱり教師の質で、うちも、お金が十分にあれば、アメリカに留学させたのではないか、と思っているのですが、とにもかくにも、実際に使える講義をしているのは、前にサラリーマンで、そこそこ肩書きがつくくらいの、ちゃんとした実務をしていた(変なコネで入ってきたとしか言いようのないような、全然、使えないのに、肩書きだけは、偉い人も、時々、いるようですが・・・)、とか、ちゃんと学生サイドの立場に立って、授業の運営をしている人だけで、「やはり、こんな大学運営だと、将来の日本は、ダメかな」、と、正直、痛感しました。

 大学に行って、数週間も経つと、子供が、「最近、なんだか、全然、勉強できていない気がすると思ったら、ずっと大学に行っていたからだった」、などと言い出すさまで、はっきり言って、これでは、何のために行かせているのか、正直、よく分からなくなってきます。

 

 それと、私が、「絶対に、相手のことが上だと思って、先生、先生と呼ぶな。授業の間とか、必要な時には、最低限、「先生」とか呼んでもいいが、それ以外は、普通に、「○○さん」、と、「さん付け」で呼びなさい」、と言っていたので、できるだけ、普通に、いろいろな教師の人達と話していたようなのですが、そうすると、「いろいろな人と話して、自分が、一番、話が合うのは、一部の教授の人だった」、とか、「ネイティブの人と話すと、そのまま人間的な感じで、気軽に話せるんだけど、日本の人だと、ものすごく硬くて、話しづらい」、と言い出す始末なので、私の仕事の関係もあるのでしょうが、普通の日本の学校教育を受けた人と対応するのには、結構、苦労しているように見受けられました(アルバイト等では、普通以上の評価を受けているようなので、ホームスクーリングにしたので、社会的に不適応になったとは、全く思えませんが・・・)。

 

 その次が、非常に問題が多かった内容なのですが、私が、こういう仕事に関わっていることもあるのでしょうが、大学の学長を初めとする、副学長やら、学部長や事務局の人々から、結構、露骨な嫌がらせを受けて、正直、言って、すっかり辟易(へきえき)してしまったようなところがあります。

 それというのも、「私は、有名な経営コンサルタントのO氏を、馬鹿呼ばわりできるくらい、仲良しの友人なんだ」、と、最初から、かなりインチキのことを平気で言ってくるような教授の人がいたり(私は、有名な経営コンサルタントのO氏のことは、著名なので、よく知っていましたが、その教授の名前は、全然、聞いたことがありませんでした・・・)、英語が、全然、読めないのに、教科書に、英語の引用が、たくさん載っているので、うちの子供が尋ねてみると、「これは、全部、学生にやってもらったから・・・」(うちの子は、その教授のお勧めの本である、という英語の原書を読み終えてから、それを聞いたら、そう言われたそうです)、とか、学内のことを、全然、知らない、誰も見たことのないような、訳の分からない、名前だけの学長がいる、とか、英語のできない国際法学者がいる(どうやって、学問しているのでしょう?)、とか、何か相談に行くと、普通の受け答えができないで、訳の分からない、キチガイじみた話(誰に話しても、みんな失笑するので・・・)を、一方的に話そうとする教授がいる(そもそも、そんな人が、どうして教授をしているのか、疑問ですが、私は、その人は、教授職をするのではなく、正直、精神科に通うべきだと思いました・・・)、とか、どこに行って、何を言っても、全然、たらい回しされて、何の交渉もできない事務所になっている、とか、自分の言った発言すら、翌日になると、全然、覚えておらず、全く訳の分からない対応をしようとするような教授がいる、とか、普通の会話ができない人が、教員や事務員に、大勢、いるらしい・・・、などという始末で、現在、入学してから、半年近くになるのですが、「もう来年は、学校に行きたくないな・・・」、とか、「早くアセンションして、あの変な人達と付き合わなくて、良くなるといいな・・・(それ以前の問題のような・・・)、などと、最近では、言い出すようになっています。

 

 ですから、「国家の中に陰謀なんて、あるはずない」、と考える方は、今でも多いと思うのですが、私は、特に、この十年、私個人のことを除いても、「子供を学校にやると、何だか、とんでもない、常識外れのことを、次々とやるような校長や教師を当ててくる」、とか、「子供を大学にやると、嘘をついて、騙して、いじめたりするような変な教師を当ててくる」、というような、結構、陰湿、かつ、入念な、「それって、何年も、何十年も前から、未来のことが分かっていないと、絶対、できない嫌がらせだよね・・・」、というようなことに、ほぼ毎日のように接することになっていたので、私や家族の実体験の感想から言うと、「国家の裏に陰謀があるのは、ほぼ間違いないが、それとは、正反対の勢力もいて、いろいろ良い方の助けをしているのも、ほぼ間違いない」、というような物の見方になっている、ということです。

 

 それと、もう一つ、驚いたのは、大学の授業の質だったのですが、正直言って、「もう今時、一方的に、誰かの話を聞くだけの授業なんて、もう古いんじゃない」、とか、「社会で、全然、使い物にならない人の話を、いくら、散々、聞かされて、成績をつけられても、これって、ほとんど意味ないんじゃない」、などと、親の立場になると、いろいろ考えるものなのですが、その上で、何よりも驚いたのは、「どうも、日本の公立の大学では、経営というものが、全然、行われていないらしい」、ということでした。

 つまり、本当は、大学であれば、学生は、大切なカスタマー(お客さん)で、教員が、教育サービスを実施して、対価を得る、言ってみれば、お店の主人や店員のような立場になるのですが(アメリカ出身の教師の人達にとっては、こういうことは,当然のことのようです)、そうした経営の基本すら、全く分かっていない、学長や理事や教授のような人達が、山ほどいて、「何だか、自分の研究室にこもって、毎日、訳の分からない作業を、淡々とこなしている(なぜ、そういうかというと、調べてみると、全然、大した実績が、何にもないからです」、とか、「学生の意見やクレームを、絶対に聞かずに、事務所にこもって、学生に偉そうに、命令ばかりしようとする事務員が、大勢、いる」、などというように、「こんな大学運営しているから、どこもかしこも、教育の質が落ちる上に、赤字経営になるのだな」、と、私は、つくづく思いました(うちの子供の話では、「ちょっと、この教授の世間感覚だと、スーパーのレジ打ちもできないんじゃないかな」、などというような人もいる始末で(つまり、いつも、独り言で、もぞもぞ・・・)、学長以下(それ以上の役所も一緒かな?)、多分、普通の会社員は、無理な人が、大勢いる、というのが、現実なようです)。

 

 それから、私が、話を聞いていて、とても不思議だったのは、学問の世界では、誰かの意見を引用したら、その引用した著書の名前と引用箇所を明示して、その誰かの意見と、その上での自分の意見を、はっきり分けて、論文を書くのは、当たり前のことなのに、一部の「教授」と呼ばれる人は、何でも、他の人の意見を、あたかも自分の意見のように言って、論文にまとめていたりしていた、ということです。

 私が、そのことを指摘すると、「それじゃあ、これが英語圏だったら、あの人達、みんな泥棒扱いだ!(英語圏の人の著作物が多かったので、彼らは、日本語が読めないので、いくらでも盗用できたのでしょう)」、と言い出す始末で、、私は、「これって、どう考えても、二流国、三流国の学者の仕事だろうな」、と、つくづくと思いました。

 

 ちなみに、私が、うちの子供の話を聞いていて、「これは、本当に偉い!」、と思ったのは、「まだ、授業中、一度も眠ったことがない」(なぜ、私が驚くかは、あまり気にしないでください・・・)、ということで、みなさんも体験があると思いますが、日本の学生は、授業中、よく退屈で寝ていることが多いのですが、ネイティブの人に聞くと、「アメリカでは、わざわざ、お金を払って、学校に来ているので、向こうだと、寝ている人なんて、全然、見たことがない」、と言われたというので、多分、これは、日本独特の効率の悪い学校運営が生み出した、世界でも珍しい、変な風景の一つなのでしょう。

 

Cecye(セスィエ)

2011年11月5日 7:21 PM, コラム / 教育



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