ただ、当時のマルクスも、「非常に少人数の労働者的な立場の人々が、単なるその場的な怒りや勢いだけで暴力革命を目指そうとしても、すぐに時の政府に簡単に鎮圧されてしまうのではないか」というような理由から、そうした暴力革命は、非常に多くの労働者的な立場の人々が、何らかの理由で政府に対して、非常に怒りが溜まっていて、しかも十分な力がある時のみにしか、うまくいかないのではないか、などというように考えていたようです。
実際、マルクスが生きている間には、そうした共産主義や社会主義革命のようなものは、なかなかうまくいかなかったようなのですが、やがて、だんだんと時代を経るにつれて、新しい商工業者や労働者的な立場の人々が社会的に大きな力をつけるようになってゆくと共に、古くからの王や貴族などの権力階級の人々が、相対的にだんだん力を弱めるようになってゆくと、当時のヨーロッパのあちこちにそうした共産主義や社会主義の政権が作られるようになっていったようです。
元々、マルクスの思想では、人類の長い長い階級闘争の歴史の果てに、最終的に労働者の人々が独裁的な立場で政治権力を担って、人類の歴史上、最も優れた社会主義や共産主義の政治を行うようになるとしていたようです。
しかし、その後にできた実際の社会主義や共産主義の政治では、そうした共産主義や社会主義的な価値観に合わない人々の意見や行動を非常に厳しく制限したり、弾圧するようになっていったり、また、そうした価値観に反する意見の政治家や政党には、いっさい政治権力を担えなくさせるような非常に硬直化した、かなり独裁的な政治体制になってゆくことが非常に多かったようです(結局、労働者独裁を旗印にした、新しいタイプの非常に厳しい階級社会に移行しただけの社会革命に終わることも、とても多かったようです)。
Cecye(セスィエ)
