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イエスについて Part 5

キリスト教の「ユダ」にまつわる話には、根本的なところで、かなり大きな疑問がある

 私は、こうした客観的な状況から推測するに、おそらく、こうであったのではないか、というような結論を述べると、大体、以下のような二つの内容になります。

 

①イエスの人生を襲った悲劇的な最期そのものに関しては、おそらく、本当だと思われるが、ただ、それに関わるユダの存在と、その行動に関しては、かなり疑念の余地がある

 まず第一には、約二千年前の中東に、現代では、「イエス」という名前で知られている、かなり傑出した霊的な覚者のような人物がいたのは、おそらく、歴史的な事実として、認めてもよいのだろうと思われるのですが、ただ、人類の歴史を見る限り、そうした霊的に傑出したマスターのような人物が、それほど遠くもない将来、自分を、致命的な形で、直接、裏切ることになるような人間を、わざわざ、自分の高弟として受け入れたとは、ちょっと普通、常識的にあり得ないと思われるので、こうしたケースの場合、最初から、イエスは、将来、ユダが裏切ると知っていて、彼の高弟として、受け入れたと考えるよりかは、より常識的に考えた場合、「ユダ」と呼ばれる人物は、そもそも、最初から、いなかったか、もしくは、本当は、全然、別の話だったものがすり替えられて、その後、あたかも彼が、最低の裏切り者のように喧伝されるようになった、と考えるのが、すじみちには、合理的なのではないか、ということです。

 つまり、当時のイエスと呼ばれる人物が、かなり不当な裁判で有罪にされて、磔刑(たっけい)となった後に、復活して、昇天した、というところまでは、霊的宇宙的に見た場合、私は、あり得ると思われるので、それに関しては、ある程度、分かるのですが、ここで、どうしても納得が行かないのは、イエスが、まるで本物の神のような奇蹟を演じるために、なぜ、ユダの裏切りが必要であったのか、ということなのです。

 ここで考えられる私の結論は、単純で、イエスという人物が、真の霊的な覚者であるならば、そう簡単に、多少の金銭で裏切るような人物を、自分の高弟に登用するようなことは、絶対になかったはずなので、単純に推測する限り、おそらく、イエスと呼ばれる人物は、当時の為政者の都合で、突然、かなり不当な理由で拘束され、めちゃくちゃな裁判の末に処刑された、ということと、それから、その後、再び、復活し、昇天した、というところまでは、ある程度、歴史的な事実として、受け入れても良いのかもしれないのですが、ただ、その直接の原因を呼び込んだとされるユダの話に関しては、おそらく、 そうしたイエスを裏切ったユダと呼ばれる人物は、そもそも全くいなかったか、あるいは、その後の経緯で、いつの間にか、全然、別の話にすり替えられて、とんでもない汚名を着せられるようになったか、のいずれかだったのではないか、というのが、私の結論になります。

 

 続く・・・

 

 

 追伸

 この話は、続きが気になる人が多いようなので、もう少し後に続きをアップします。

 

Cecye(セスィエ)

2011年12月28日 9:13 PM, キリスト教 / スピリチュアリズム、霊界 / 人生観、世界観



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