Light Symbol

人間の知的な向上と霊的な悟りの関係について  Part 24

10、霊的な悟りとセックスの関係について

 十こめは、今度は、少し違った形の「悟り」についての説明になるのですが、いわゆる時折、宗教や神秘思想などの世界で扱われることもあるような愛やセックスに関係するような「悟り」についての内容になります。

 こうした内容は、霊的な修行や社会生活上、いろいろと問題が生じ易かったり、また世間的な誤解を招くことも多かったようなので、たいてい秘儀とされたり、禁止されるような忌むべき内容として扱われることも多かったようなのですが、大まかに言うと、だいたい次のような三つのことが言えます。

 

1、霊的な悟りとセックスの心身や魂の状態の関係について

 まず一つめは、これは、とても素朴な疑問についての内容になるのですが、そもそも霊的な「悟り」と呼ばれる心身や魂の状態と、人間や動植物がセックスしている際の心身や魂の状態は、いったい、どれくらい関係があるのか、ということについて述べてみたいと思うのですが、単純に言って、多くの人々や生き物たちが、非常に愛情を伴ったセックスをしている際の悦びやエクスタシーは、そうした悟りの状態にも非常に似ているようなところがあるようです。

 それでは、霊的な「悟り」と呼ばれる心身や魂の状態と、人間や生き物がセックスしている際の心身や魂の状態は、完全に同じものなのか、というと、実際にはそうでもなくて、人間や生物のセックスの営みには、これは内容や程度の問題もあるのでしょうが、単純な欲望というよりも、かなり強い欲望を伴った損得の感覚や、恐怖や怒りや破壊衝動のような感情的な軋轢(あつれき)や、多少異常な精神的な倒錯感を伴うことも多いようなのです。

 ですので、そうした観点から見た場合には、人間や生き物のセックスが、それが、そのまま高貴な悟りの境地なのかと言われれば、はっきり言って、あまり、そうとは言えないようなところが多いのではないか、というように思われます(参考1参考2参考3参考4参考5)。

※古代インドにおいて、釈迦が説いた元々の仏教の教えでは、当時、多くの人々が陥っていた非常に大混乱した生まれ変わりの輪廻から脱するために、性的な欲望のみならず、あらゆる肉体的な欲望から離れた、非常に穏やかで平安な喜びに満ちた「悟り」の境地を得ることが、とても重要視されていました。ただ、古代のインドだけでなく、一般的に古代の世界では、わりと単純に性的な体験を、神仏との合一や、霊的な神秘体験や、神仏からの恩寵のように考えられていることの方が、遥かに多かったようです。

※ですので、その後の仏教の歴史では、大乗仏教の特に密教の中で、様々な仏や神などとの合一的なセックスも重要な「悟り」であると考えて、修行するような宗派もあったようです。ただ、やはり元々の釈迦が説いた仏教の教えとは、かなり矛盾した内容になってしまうようなところがあったために、結局、その後、仏教の教えからは、だんだん外されてゆくような流れになっていったようです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2021年8月10日 9:03 PM, インド思想、ヒンドゥー教 / スピリチュアリズム、霊界 / 中国思想 / 仏教 / 宗教、道徳 / 愛について / 知恵、正しさ



«

»

おすすめ記事

過去の記事