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霊的、現代的な観点から見た仏教の教えについて Part 22

 そうすると、ここで問題なのは、本当は簡単に「執着を去った、清々しい幸せな生き方ができればいいんですよ」と言えばよさそうなところを、「一切は縁起によって成り立っているので、すべて空なんです」とか、「ここにあるすべての物は、常に移り変わってゆくから存在していないんです」などというように、かなり複雑な理屈をこねくり回したような教えが、だんだん、たくさん増えてゆくようになっていったので、その結果、たいていの人は、そうした仏教の教えをかなり頭を使って、正しく理解しようとしても、何だか、よくわかったようで、よくわからないような状況になってゆきがちになってしまったようなのです。

 ここでは、こうした一見、ちょっとかなり難しく感じる仏教的な教えについて、幾つか述べてみたいと思います。

 

①元々の釈迦が説いた仏教では、それほど大きな教えの変更や矛盾は、あまりなかったはずである

 まず一つめは、これは後の時代になると、はっきり言って、何が何だか、よくわからなくなってしまったことが多い内容になると思うのですが、かなり簡単に要約して説明すると、先ほども少し述べたように、元々の仏教は、釈迦が一人で数十年に渡って、説いていた教えだったので、おそらく最初、釈迦が教えを起き始めた頃から、亡くなる晩年に至るまで、それほど大きな教えの変更や、それに伴う教えの矛盾のようなものは、それほどなかったのではないか、ということです。

※そうでないと、現代でもそうだと思いますが、「あの人は、最初は、本当は悟っていなかったのではないか」とか、「あの先生は、突然、途中から違うことを言い始めた」とか、「最初の教えはよかったが、途中でおかしくなった」などというように、いろいろな問題が起きたのではないでしょうか。

※ただし、これは、どのような教えや修行やトレーニングでも同じだと思うのですが、それぞれの人の性格や能力の違いや、悟りのレベルの違いによる教えや修行内容の違いは、当然のようにあったのではないか、と思われます。

※ですので、おそらく元々、釈迦が直接教えを説いていた段階では、最初から晩年に至るまで、「最初の教えは、ただの方便で、最後の教えが、本当は正しかったのだ」などというような、あまりにも大きな教えの変更はしていなかったのではないか、と思われます。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2021年10月4日 9:03 PM, インド思想、ヒンドゥー教 / おすすめ記事 / スピリチュアリズム、霊界 / 中国思想 / 仏教 / 宇宙文明、古代文明 / 宗教、道徳 / 歴史 / 瞑想 / 知恵、正しさ



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