それから三つめは、これは時々聞くような話になるかもしれないのですが、人間には、毎日、できるだけ楽しく幸せに生きていないと、あまり心身の健康も保てないし、また、それほど長寿に生きることもできないというような、わりと単純な生き物としての原則があるようなところがあるのです。
ですから一昔前の時代のように非常に多くの人々が、毎日、朝から晩まで肉体も精神も酷使して働き通しで、まるで当然のように、どこかの段階で怪我や病気で亡くなっていたような社会の状況であるなら、まだいざ知らず、現在のように経済や科学技術が発達して、常にもう一段上の仕事や生活を送るような社会になった段階では、どうせ同じような学業や仕事や生活をするなら、毎日、できるだけ楽しく幸せに過ごすと共に、また、そうした個人個人の楽しさや幸せが、決して独りよがりのものにならないように、他の人々や生き物達の苦しみや悲しみも、できるだけ同じような目線で理解しつつ、少しでも、より楽しく幸せに過ごしてゆけるような手助けができるようになってゆくことが、とても大切なのではないか、ということです。
ですから今後の未来社会では、一人一人が、より楽しく幸福に生きてゆけるように努力すると同時に、それと同じくらい他の人々や生き物達の不幸や悲しみも真剣に受け止めて、そうした人々や生き物達も、より楽しく幸せに生きてゆけるように助けたり、導いていってあげられるように努力してゆくことが、とても大切なのではないか、ということです。
続く・・・(また少し後になります)
Cecye(セスィエ)