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Q&A アセンションするかどうかを決めるのは、どこかの偉い神仏ではなく、基本的にその人自身の選択と決断によるものである

 「アセンションする人と、しない人というのは、いったい、どうやって、決まるのか」、という質問が来たので、それについて、お答えしたいと思います。

 

 このアセンションのブログの特徴は、「何となく能天気に生きていれば、アセンションできるんだ!」、とか、「楽天的に考えていれば、うまく行くんだ」、「もう世界が終わるので、何をやってもダメだから、毎日、適当に何の努力もせずにダラダラ過ごしてゆけばいいんだ!」、というような話ではなく、まずは、そうしたアセンション以前の話として、「この地球には、政府や学者やマスコミの一部(すべてとは言いませんが・・・)を使って、完全に隠しているような、とんでもない陰謀がある」、とか、「そうした陰謀によって、多くの人達がとんでもない搾取をされている」、とか、「そうした陰謀というのは、普通の単なる政治的、経済的なものなのではなくて、タイムマシンとか、仮想現実とか、未来の技術に基づいた一群のとんでもないテロリストのような連中によって、企てられた超SF的な内容がバックにある」、とか、「現在の地球のアセンションは、単に地球だけの出来事なのではなくて、現在の宇宙全体の創造や破壊にも大きな影響を与えるようなビッグイベントになっている」、というような、かなり特殊な内容になっている、ということなのですが、そうすると、それでは、そのアセンションする人としない人というのは、いったい、どんな基準で決められるのか、ということが、かなり大きな疑問になってくると思われるので、今回は、そのテーマについて、考えてみたいと思います。

 要点は、大きく四つあります。

 

1、それぞれの人々や生き物達が、アセンションするかどうか、ということは、どこかの偉い神仏が一方的に決めるのではなく、基本的にアセンションするかしないかを決めるのは、その人自身の選択と決断によるものである

 まず第一には、前にも述べたように、「アセンションできるかどうか」、ということを決めるのは、どこかの偉い神様仏様なのではなくて、これは、純粋にその人自身の霊的な意思に基づいているとしか全く言いようがない、ということです。

 つまり、仏教やキリスト教やイスラム教の信仰の原則とほとんど同じように(これらが全部、正しいとは言いませんが・・・)、「神仏を信じて、正しい行為を積み重ねていれば、最後の審判(仏教の場合は、死後の審判)の後、永遠の天国の世界に行けるが、もし、そのような形で神仏を信じて、正しい行為をしなかった場合には、最後の審判(死後の審判)の後、永遠の地獄に赴くことになる」、というような路線の延長線上に、現在、このブログで述べているような「アセンション」と呼ばれるものが起きている、ということなのです。

 ですから、こうした仏教やキリスト教やイスラム教といった宗教のすべてがいいとは、私は言わないのですが、ただ、こうした宗教の原則からもよく分かるように、「アセンション」というものを永遠の天国のような世界と永遠の地獄のような世界への分離というように考えるのであれば、基本的に本当の意味での神仏、つまり、この宇宙の創造主を信じて、その教えや考えに共鳴して、ついていった人々が、そうした永遠の天国のような世界に行き、その反対に、そうした本当の意味での神仏を軽く見て、好き放題していた人々が、永遠の地獄のような世界に赴くことになる、というのが、アセンションの基本スタイルになります。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2011年11月3日 9:14 PM, おすすめ記事 / スピリチュアリズム、霊界 / 人生観、世界観 / 現在のアセンションの状況



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