それで「共産主義思想」についてなのですが、共産主義的な理想世界では、それまで、ずっと貧しい底辺の生活をしていた人々であっても、みんなで団結して、「資本家」と呼ばれるような、お金持ちや貴族や役人や軍人や知識人などを倒して、みんなで共同統治の平等社会にすれば、最高に素晴らしい理想社会ができる、というような思想として、捉えられていたように思われます。
しかし実際の共産主義思想は、後に多くの人々が批判しているようにそうした理想世界の提示自体はよいとしても、その思想の前提や理論や、実際の効果などに関しては、はっきり言って、それほど完成された、できのよいものではなかったわけです。
ですので、おそらく毛沢東自身も、実際にそうした共産党政権を作ってみると、若き日の彼が信じ込んでいた、あるいは信じ込まされていた理想とは、かなりかけ離れた政治や社会の状況になってしまうことが多かったので、後から、かなり困ったり、苦労したりすることが多くなっていたのではないか、と推測されます。
※彼はカリスマになっていないと、もう途中から政府が持たないような状況になっていたようなので、そうした彼個人の悩みや葛藤は、ほとんど表に出せないような状況になっていたのではないか、と思われます。
※先ほどから述べているように元々、毛沢東自身は、当時の中国の社会の状況を心から心配して、かなり理想主義的な理由から当時の共産主義思想にのめり込んでいったように思われます。しかし政治的、社会的には、その後、結構多くの人々が、共産主義や毛沢東に裏切られた、というか、結構、かなりひどい理不尽な人生を送らされた、というような状況になってしまったために、そうした人々の怒りや恨みの念によって、霊的には死後、決して地獄というわけではないのですが、五次元以上の光の世界ではなく、もう少し暗い幽界的な領域に留まるような状況になってしまっているようです。
続く・・・
Cecye(セスィエ)
