④一昔前の時代の経済システムでは、金や宝石のような高価な物がそのまま価値を表していたが、近現代の経済システムでは、その国の人々が生み出す富が、その国の通貨の価値を決めるような新しい経済の時代に移り変わってきている
もう一つ重要なのが、こうした社会の状況において、おそらく大勢の人々に嫌がりそうなのが、税金の徴収であると思われるのですが、一昔前の時代の経済システムと違って、現在の世界で主流の経済システムでは、はっきり言って、お金のない人々から、あまり無理やりにお金を取り過ぎると、単に恨みや反感を買うだけでなく、その国の経済全体が停滞して、混乱してしまうことがあるので、かなり注意が必要になってきています。
それというのは、一昔前の経済システムと違って、現在の世界で主流の経済システムでは、お金というのが、金や銀のように現実に価値のある物ではなくて、はっきり言うと、かなりきっちりとした政府の保証はあるけれども、原価は、たかが知れた、ただの安い紙切れや金属の塊になってしまっているからです。
それでは、こうした現在流通しているお金は、いったい何の保証によって、その価値が維持されているのかというと、これは不思議な話になるのですが、要するにその国の政府の保証で、その国のお金の価値が成り立っているということは、何かその国独自の特別な資源のようなものが、たくさんあるなら話は別なのでしょうが、現在のような民主主義の時代には、その国の国民の質や働き、つまり、その国にいる人々は、いったいどんな人達なのか、あるいは、その国の人々は、いったいどんな働きをしているのか、ということが、その国の通貨の価値にそのまま反映されるようになってきているということなのです。
つまり、一昔前までのお金は、その国の政府が、どれだけ金のような価値ある物を持っているか、というような、その国にある物の価値で計られていたのですが(少し前の時代までは、「金本位制」と言って、お金を銀行(中央銀行)に持っていくと、本物の金と換えてもらうことができました)、それが今述べたように現在のお金は、その国の国民の質や働きで、その価値が保証されるようになってきているので、はっきり言って、こうした経済システムの場合、貧乏な人々から、いくら無理やり、お金を取り上げても、そうした貧乏な人々が、さらに貧乏になるだけでなく、そうした貧乏な人々が、いろいろな物を買えなくなったり、活動できなくなったりした分、そうした人々と経済的に関係のある他の人々も、一緒に貧乏になっていってしまうことになるので、こうした搾取の考え方というのは、現在の経済システムでは、もう完全に古い間違った考え方になってしまっているということなのです。
Cecye(セスィエ)