よく巷の霊や霊界の説明を聞くと、「物質的な存在とは、全然違った、全く無色透明な「霊」と呼ばれる存在がいる」、とか、「そうした霊が、数多く住んでいる「霊界」と呼ばれる世界がある」、というような説明を受けることが非常に多いのですが、これは一昔前の時代のように、まだ科学の発達が未発達で、そうした「霊」や「霊界」の説明をうまく合理的に説明することが、とても難しかった時代の説明の仕方であった、ということなのです。
それゆえ、実は、現代の時代であると、もっと別の視点からの「霊」や「霊界」に関する説明が必要になってくると思われるのですが、それでは、現在の21世紀の初頭の段階で、こうした「霊」や「霊界」について、いったい、どのように考えてゆけばよいのか、というと、細かく言うと、実際、切りがないようなところがあるのですが、大雑把に要約して説明すると、だいたい、次のような二つのことが言えるのではないか、と思います。
1、高次元世界から見てみると、「霊」と「肉体」の違いにしても、「霊界」と「物質世界」の違いにしても、ほんの少し波動的な精妙さや粗雑さの違いがあるだけで、実際には、それほど大きな違いがあるとは、全く認識されていない
まず第一には、これは、ニューエイジや、昨今のチャネリング情報などにおいて、現在では、かなり当たり前の霊的な知識として、もうすでに定着しつつある考え方になるのですが、実は、私達の身の回りにある物質的な存在とは、全く違った性質を持つ「霊」や「霊界」というのは、本当は全くなくて、そうではなく、そうした「霊」や「霊界」の存在というのは、言ってみれば、現在の私達の物質とは、少し波動的、あるいは、次元的に異なるだけで、基本的には、それほど性質的に相反する全く正反対の存在ではない、ということです。
つまり、もう少し具体的に言うと、別に肉体的に死んだ後、「霊」と呼ばれる存在になった人々であっても、その人自身としては、私達の感覚で言うと単に物質世界の人間に対して、手で触れられなかったり、声をかけても全く通じない、ということ以外には、それほど大きな違いがあるわけではないし、また、そうした肉体的に死んだ人々が、数多く住んでいる「霊界」と呼ばれる場所であっても、単に自分の思いや考えていることが、わりと早く実現しやすい、とか、他の人々に通じやすい、ということ以外には、この物質世界とそれほど大きな違いがあるわけではない、ということなのです。
それから、物質世界の人間から見ると、「霊」や「霊界」と言うと、もうほとんど他人事の別世界の話のように感じられるのですが、ところが、そうした「霊」となった人自身の感覚としては、そうした霊同士であれば、別に相手に対して、普通に手で触ることもできれば、普通の会話もできるし、また、別に「霊界」であっても地上の世界と同様、いくらやりたくても出来ないこともあれば、いくら連絡したくても通じない相手もいるので、やはり、この地上の世界と比べて、それほど大きな違いがあるわけでもない、ということなのです。
つまり、もっと正確に言うと、実は、霊や物質の違いと言っても、それは、単にその存在の発している波動の違いから、波動的、あるいは、次元的に異なる別の世界にいるだけなので、一昔前の霊や霊界についての考え方のように「霊と肉体は全く別」、とか、「物質世界と霊界は全く別」なんて事実は全くなくて、実際には、「霊と肉体の違いと言っても、その波動の精妙さや粗雑さに、ほんのちょっと違いがあるだけ」、とか、「物質世界と霊界の違いと言っても、波動的、次元的にその活動している場所が、ほんのちょっと異なっているだけ」という程度の違いなのであって、それゆえ、もっと高次元の世界の人々から見た場合には、「霊」や「霊界」と言っても、「肉体」や「物質世界」と言っても、現在の地球人が考えているほど、それほど大きな違いというのは、全く感じられないようなところがある、ということなのです。
追伸
ちょっと、この前、黒い星の話を書き始めた頃から、個人的に、ちょっといろいろ嫌がらせが多くなってきていて、落ち着かなくなってきています。
そのため、私自身としては、結構、文章自体の雰囲気、というか、波動というものには、あまり荒くならないように気をつけているのですが(お読みになれば、お分かりになるように、文章表現の美しさや巧みさ、という意味ではありません・・・。あくまで、中身重視という意味です)、そうした私の意図とは少し違って、現在、いろいろ妨害を受けやすい微妙な状況になっているために、最近の文章だと、霊的なことが分かる方は、多少読みずらい印象を持たれる方もいるかもしれないのですが、これは、現在解決中なので、もうしばらく、お待ちください。
それと、霊とのコミュニケーションの話なのですが、これも意外と長くなってしまったので、続きは、もう少し後に載せたいと思っています。
ついでに関係ない話なのですが、こうした文章をお読みの方が、お気づきの方が多いかもしれないのですが、最近、昨日、とか、昔の感覚というのが、かなり希薄になってきた気がします。
私の知人の話では、「半年前が、遥か昔に感じる」、とか、「昨日と、一昨日(おととい)の違いが、よく考えないとわからなくなってきた」、とか、「大して時間が経っていないはずなのに、何だかものすごく時間が経った気がする」、というような人が、たくさんいるようです。
多分、このまま行くと、もう少しすると、今までとは違う現実の存在に気がつくようになる人が、だんだん出てくる可能性があるのですが、「常になるべく客観的な姿勢を貫く」、というか、「何となく他人事のように現在の状況を淡々と説明してゆく」、このブログの文体の調子から見て、こうしたことについても、少し他人事のように書いてみたいと思うのですが、もう少しすると、もっと変わった感覚、というか、世界の認識が出来るようになる人が、何となくですが、だんだん増えてゆくような気がしています。
Cecye(セスィエ)
2011年9月14日 9:06 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 現在のアセンションの状況 / 科学、テクノロジー