2、昔の世の中では、街や村の中心にある寺院や教会は、物質的にも精神的にも、多くの人々の心の拠り所や楽しみの中心としての重要な役割を果たしていたが、近現代になると、そうした宗教の果たしていた役割は、政府や企業や個人や共同体の仕事に、だんだん取って代わられるようになっていった
第二には、これも、あまり考えたことのない人が多い内容だと思われるのですが、実は一昔前の宗教というのは、多くの人々の非常に切実な心からの欲求と葛藤、つまり、「できれば、少しでも物質的に豊かな生活がしたいのだが、社会のいろいろな制約があって全然できない」とか、「本当は今みたいな戦乱や飢えや疫病な貧困だらけの住みづらい世界からは、一刻も早く逃げ出したいのだが、なぜか自分は、人間として生まれてきてしまったので、何とか一人で頑張って生きてゆかなくてはならない」というような欲求と葛藤の帳尻を、何とかうまく折り合わせるために、多くの人々の本音としては、本当は理屈や実態としては全然合っていないのは、百も承知の上だったはずなのですが、とりあえず自分や家族を慰め、納得させて、何とか一日一日を希望をもって生きてゆくために、「物質的な満足はともかくとして、何とか精神的な満足だけでも、何らかの方法で充足できないか」とか、「明日にも、どこかに逃げ出して死にたくなるような、この辛さや苦しさを何とか慰めて、自分や家族のために、少しでも何らかの救いや希望を見いだせるような、この世離れした素晴らしい話はないか」とか、「本当は、すぐに反乱でもして、支配者の連中をこの国から一掃して、自分達だけの平等で幸せな社会にしたいのだが、そんなことしたら、自分も家族も知人も、一体どんな目に遭わされるか考えるだけでも恐ろしいので、せめて信仰の世界の中だけでも、ものすごい立派な有徳の素晴らしい神様みたいな人が支配している、最高の理想世界の夢でも見られないだろうか」というような、多くの人々の非常に切実なニーズを満たすための非常に重要な社会的役割を果たしていたようなところがあったのです。
つまり現代の社会と違って、一昔前の世の中というのは、まだまだ民主主義や自由主義とは、本当にほど遠く、一部の王侯貴族のような人々を除いて、多くの人々の生活は、かなり貧しい上に非常に不安定で、しかも学問や職業選択の自由もなければ、結婚相手や住む場所さえ自由に選べず、ほぼ半永久的な奴隷生活を余儀なくされているばかりか、現在の独裁国とほとんど同じように、常に支配者の人達から厳しく監視されるだけでなく、場合によっては、無実の罪で引っ立てられて、監禁されたり、拷問されたり、処刑されることすらあるなどというように、はっきり言うと、ほんの一昔前の多くの人々は、現代人が考えるところのほとんど地獄のような生活を、毎日のように千年一日のごとく繰り返しているようなところがあったのです。
一昔前の街や村の中心にあった寺院や教会は、物質的にも精神的にも、多くの人々の心の拠り所や楽しみの中心としての役割を果たしていた
こうした一昔前の世の中において、あまり権力者の人々が、ごちゃごちゃ首を突っ込んできたり、介入してくることが、いっけん、あまり少ないように見えた、そうした街や村の中で最も心落ち着ける、あるいは、最も、ちょっとした夢見心地にさせてくれる唯一の場所というのは、たいていの場合、その街や村の中心のような場所に建物や敷地を構えている寺院や教会のような所であった、ということなのですが、そうすると、そうした時代の街や村における寺院や教会のような所というのは、多くの人々の生活の中で、一体どのような役割を果たしていたのか、というと、大体、以下のような五つのことであったのではないか、ということです。
まず第一には、たいてい一昔前の多くの人々は、非常に質素な貧しい暮らしをしている上に寿命が短いことが多かったために、そうした状況における多くの人々の心からの願いとしては、「せめて自分が死んだ後も、ずっと残るような街や村の永遠のモニュメントになるような、少しでも立派な寺院や教会を残したい」というような結構、切実なニーズがあったので、そうした寺院や教会というのは、長い年月の間に何度も何度も改築や拡張を積み重ねていっては、やがて、そうした昔の時代としては、たとえ、かなり質素で貧しい街や村であったとしても、それなりにかなり豪華絢爛で人目を引くような、この世離れした派手な建物や神仏像のあるモニュメントのような場所になっていったということです。
第二には、これは現代だとあまり考えたことのない人が、ほとんどなのではないか、と思うのですが、そうした寺院や教会というのは、現代の感覚で言うと、多くの貧しい庶民にとって、唯一の共同財産の保管場所のような役割を持っていたので、その結果、いろいろな口実を設けては、みんなで、せっせと小銭を集めては、その街や村としては、かなり豪華に感じるような神仏の像や絵であるとか、きれいな装飾品や宝物のようなものを集めては飾っておくための保管場所、兼、美術館のような役割を持っていたということです。
第三には、これは現代人には、だんだんよく分かりづらい内容になってきているのですが、そうした寺院や教会には、普通の庶民とあまり身分的に違いがあるわけではないのだが、ちょっとだけ学のある、あるいは、ちょっとだけ格のある僧侶や神父のような人がいて、そうした街や村の人々のいろいろな相談事に乗ったり、いろいろな揉め事の仲裁役や決裁役のようなものを引き受けていることが非常に多かったということです。
それから第四には、これも現代人には、だんだんよく分からなくなりつつあるような話になってきているのですが、そうした寺院や教会のような所というのは、その街や村にとって、年に数回あるかどうか、というような超ビッグイベントのお祭りや結婚式などの会場になったり、あるいは、何かあった場合の、みんなの集会場や避難場所になることが非常に多かったということです。
第五には、これは宗教としては、最も当然の役割になるのですが、そうした寺院や教会のような所というのは、そうした街や村の人々のご先祖であるとか、身内の墓場が隣接していることが多かったので、当然のことながら多くの人々が、来世の天国や地獄の生活に思いを馳せる精神的に特別な場所になっていたということです。
現在までの推移では、これまで宗教の果たしてきた役割は、政府や企業や個人や共同体にどんどん取って代わられてきているので、おそらく近い将来、これまで宗教の果たしてきたほとんどすべての役割は、まるで当たり前のようにそうした政府や企業や個人や共同体に委ねられるようになってゆくだろう
さて、ここまで幾つかの観点から、そうした街や村の中心にあった寺院や教会について書いてきたのですが、そうすると、ここで一つ疑問が出てくるはずなのですが、それというのは、実は、こうした一昔前の寺院や教会の役割というのは、現代であると、かなり大部分が、そうした宗教に代わって政府や企業や個人や、あるいは、何らかの共同体などの手に移り変わるようになってしまってきているので、実際問題として民主化や経済の成熟した先進国においては、こうした古い宗教が地域社会で果たしていた役割というのが、現在では、もうすっかりなくなってゆきつつあるような時代に入ってきてしまったのです。
そうすると今後、いったいどんな未来社会が待っているのか、というと、現在の推移を見守る限り、都市であれ田舎であれ、今後も宗教というのは、どんどん衰退してゆくけれども、現代のような民主制度や経済社会が続く限りは、今後も多くの人々のニーズに応じて、新しい商品やサービスがどんどん開発され、増えてゆくはずなので、それゆえ、おそらく、そう遠くない将来には、一昔前の時代まで宗教が担っていた社会的な役割というのは、ほぼその大部分を、そうした宗教以外の政府や企業や個人や共同体の人々がしっかり担(にな)えるようになると共に、それが時代と共に、さらに成熟、進化してゆき、そのうち社会の当然の姿のようになってゆく可能性が、現在、どんどん高まってきているということなのです。
Cecye(セスィエ)