4、昔から世間では、非常に過酷な宗教的修行の達成や、神通力の獲得を「悟り」と呼ぶことがあった
それから四つめは、これは、かなり厳しい印象の「悟り」のあり方になるのですが、たいてい多くの人々が、「普通、こんなものすごい偉業は、誰にもできるわけないだろう」とか、「普通、こんな厳しく過酷な修行は、誰にもできるわけがない」とか、「こんなきついことをやっていたら、普通の人では死んでしまうのではないか」などと思っているような内容、例えば、食事の量をかなり制限したり、夜も寝ないで厳しい過酷な宗教的修行に取り組んだり、また、非常に長距離を歩き通したり、熱い火の中を歩くような非常に危険なことをしたり、それから長時間、冷たい水に打たれながら精神統一し続けたりするような非常に過酷な宗教的な鍛錬のようなものを、ある一定の節目に当たる量や時期まで、きっちりやり通したことや、あるいは、そうした結果、何らかの霊的な神通力のようなものを獲得したりしたことを、昔から世間では、宗教的な悟りを開いたと言ってきたのではないか、ということです。
ですので、こうしたタイプの「悟り」の意味は、普通、多くの人々が、まずは絶対に不可能だと思っているような、かなり厳しい過酷な宗教的修行を成し遂げたというような意味や、あるいは、そうした過酷な宗教修行の結果、ちょっと普通の人には到底持ち得ないような、かなり特殊な霊的な能力や、あるいは、何らかの超能力のようなものを獲得したというような意味で、そうした「悟り」という言葉を使ってきたのではないか、と思われます。
Cecye(セスィエ)
2021年3月13日 9:03 PM, イスラム教 / インド思想、ヒンドゥー教 / キリスト教 / スピリチュアリズム、霊界 / ユダヤ教 / 中国思想 / 仏教 / 宗教、道徳 / 知恵、正しさ / 神道