3、政治家や政党選びを一種の投資と考えた場合には、もし国民の大多数の人々が、ある程度統一された政治目標を掲げる、かなり緩やかな形の政治後援サークルのようなものを作って、数百万票単位で政治家の当落に影響を与えるようになれば、現在の政治は、たちまち少数利益優先の政治から、圧倒的大多数の国民の利益優先の政治に変えることができる
第三には、これは少し変わった見解になるのですが、先に述べたような形の一種の投資効果の点から政治について考えてみたいと思うのですが、そうした観点から見ると、大多数の国民の側としては、たとえ選挙に行ったとしても、自分の仕事や生活に、ほとんど何のリターンもない政治家や政党選びはバツで、その反対に選挙で政治家や政党を選んだ後に、その直後か、数年先、もしくは、もっと先の未来の段階で、何らかの形で自分の仕事や生活に、できるだけ多くのプラスのリターンが戻ってくるような政治家や政党選びが出来たら、正しい政治家や政党選びができたことになるということになります。
※現在の日本だと、「清廉潔白な政治家が一番」というイメージがあるのですが、それは長い間、あまりにも腐敗した政治土壌にあった国民の考える、かなりレベルの低い政治の理想なのであって、21世紀初頭の現代では、賄賂をもらわないなんて当たり前で、単に国民の生命や安全や財産を守るのみならず、いかにして国民全体の富を増し、国民生活の質を高め、より豊かで幸福な市民社会を築いてゆくか、というような仕事能力の高さの方が、より政治家に求められている資質になるのではないか、と思われます。
そうすると、いったいどのような政治家や政党選びが良いのかというと、これは現在の選挙の実態からは、かなりほど遠い結論になってくるのですが、実は、こうした投資的な観点から見ると、政治家や政党選びに関しては、次のような二つのことが言えます。
まず第一には、なぜ日本は、長期に渡って低迷状態にあるのかというと、おそらく現在、日本を牛耳っている政治家や政党の人々が、大多数の人々の仕事や生活上の利益を代表するような立場にはなく、ほんの一握りの人々の仕事や生活上の利益を守ったり、増やしたりすることに固執するような、言ってみれば、少数利益の代表者、もしくは守護者のような立場になってしまいがちだったからなのではないか、ということです(私は、決して政治家が、みんな悪い人だなんて考えていませんが・・・)。
第二には、これはかなり変わった見解になるのですが、そうすると現在、特にこれといった政治家や政党を支持しておらず、特に何の集団にも属しておらず、また群れてもいない大多数の人々が、もし何らかの形で、かなり緩やかな形の大集団を作って、ある程度統一された政治目標を掲げる大政治団体、というか、ある種の大政治サークルのようなものを結成して、一斉にどこかの政治家や政党を推すような状況になった場合には、今述べたような状況を一気にひっくり返して、たとえ、どこの政治家や政党が、国や地域の政治を牛耳るような事態になったとしても、常に少数利益の代表者や擁護者にはさせずに、そうした大多数の人々の仕事や生活の利益の代表者や守護者にさせることが可能になるのではないか、ということです。
ですから、この場合の結論は簡単で、政治家や政党選びを一種の投資と考えた場合には、多少失敗のリスクがあったとしても、数年先、最低でも十年先ぐらいまでには、何らかの確実な成果、リターンを出すことのできる有能な仕事能力の高い政治家や政党に、できるだけ多くの人々が、何らかの形で緩やかな選挙後援団体のようなものを作って、選挙の際には数百万票単位で、その当選、不当選にかなり強い影響を与えられるようになれば、たちまち政治の安定性と実効性が増して、より良い国づくりができるような状況になるのではないか、ということなのです。
Cecye(セスィエ)
2012年12月4日 9:10 PM, 政治