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霊的な観点から見た共産主義思想について Part 7

共産主義思想のように一人一人の所有権を否定して、社会全体の共同所有にしようとしても、決して最高の理想社会にはできなかったのではないだろうか

  次には、「一人一人の所有権を排して、特に土地や工場などの生産に関わるものをみんなの共同所有にして、ある程度の規模の集団ごとに当てがわれた生産目標を、みんなで働いて達成して、みんなで平等に分けよう」というような共産主義、あるいは、社会主義の理想が、本当に多くの人々が心から満足できるような素晴らしい人間社会のあり方であったのか、ということについて、考えてみたいと思います。

※一般に「社会主義」では、工場や土地などの生産手段を国、あるいは社会全体で共有、管理することで、平等な理想社会を目指していたようなのですが、そこから、さらに進んだ共産主義では、それぞれの人の私有財産も否定して、社会全体の共同所有にすることで、階級や貧富の差のない、より完全に平等な理想世界になるとされていたようです。

 

 まず、以前にも述べましたが、一人一人の人が、「これは自分のものである」「これは普段、自分が使っている物で、あれは別の人がいつも使っている物である」などという所有の概念は、人間だけと言わず、他の様々な生き物にもよく見られるような、自然界では、わりと普通によくある一種の本能的な概念であるようなところがあります(参考)。

 ただ、資本主義的な自由競争の結果、たくさんの非常に貧しい人々がいるのに、一部の人だけが、あまりにも大きな富を独占しすぎているような社会の状況になっている場合には、そうした一部の人々の多すぎる富を、政府が税金などの形で徴収して、たくさんの貧しい人々に再分配し直すような社会の仕組みを作ることは、多くの人々が、より豊かな幸福な生活が送れるような、より良い社会にしてゆくためには、非常に大事なことであるように思われます。

 しかし共産主義の理想のように、すべての人の所有権を否定して、あらゆる物を社会の共有物のように扱おうとしても、実際問題として、多くの人々の仕事や生活の面では、いろいろな不具合が生じて、なかなか、うまくいかないことが多かったのではないか、と思われます。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2026年2月7日 9:03 PM, 人生観、世界観 / 宗教、道徳 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済 / 自然、生命



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