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民主主義の国々の政治家への評価と、社会主義の国々の政治家への評価の違いについて Part 1

 今回から民主主義の国々での政治家への評価と、社会主義や共産主義、あるいは、現在は権威主義とも呼ばれているような国々の政治家への評価では、いったいどのような違いが生じてゆきやすいのか、ということについて、少しだけ述べてみたいと思います。

 ここでは例として、民主主義の国々と、それから社会主義や共産主義、あるいは権威主義の国々の両方の国々において、ほぼ同じような性格や能力の政治家が、ほぼ同じような政治的な行動をして、そして、ほぼ同じような政治的な業績を上げたような状況を考えてみたいと思います。

 たいてい、そうした状況において、民主主義の国々と、それから社会主義や共産主義、あるいは権威主義の国々では、いったいどのような違いが生じるのか、というと、まずは民主主義の国々では、言論や表現の自由が保障されていることが多いので、たいてい、どんなに善良な政治家が、どんなに素晴らしい政治的な業績を上げていたとしても、様々なマスコミや個人は、「ああ大変だ。こんな大問題が起きているようだ」「これは本当は何か裏に隠し事があって、間違いを犯しているからではないのか」「あの人は、表面ではああ話しているが、裏では、こんなことをしているらしい・・・」などというような情報をたくさん伝えてくるようになりがちなところがあるわけです。

 それゆえ、はっきり言ってしまうと、どんなに善良な政治家が、どんなに素晴らしい政治的な成果をたくさん上げていたとしても、おそらく多くの人々の感覚としては、「ああ、なんか、あんな政治家がいて、いろいろやっているんだな」「また、あんな失策をしてしまったらしいぞ」「最初はとても期待していたが、なんか、だんだん全然ダメな気がしてきたな・・・」などというような感想を持つようになってゆくことが多いのではないか、というように思われます。

※わりとずっと良いイメージのままの政治家もいれば、また逆に本当にダメな政治家であることもありますが、多くの人々のよくあるイメージの変化としては、そうした状況が多いのではないでしょうか。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2024年7月4日 9:03 PM, おすすめ記事 / 人生観、世界観 / 政治 / 歴史 / 知恵、正しさ / 社会、文化 / 経済 / 軍事



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