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仏教的な「解脱」の悟りについて Part 1

 古代インドをはじめ、仏教の伝わった世界では、この地上の世界での無数の生まれ変わりの輪廻から逃れて、もう二度と生まれ変わらなくてもよくなるようなことを、単なる「悟り」ではなく、「解脱(げだつ)」と呼んでいたことが多かったようなのですが、これに関しては、だいたい次のようなことが言えます。

 

大昔の人々の霊魂や生まれ変わりの感覚について

 近現代に至る以前の古代や中世の時代には(当時であっても、現代人のような高度な教育を受けた人であれば、多少状況は違っていたかもしれないのですが・・・)、たいてい大多数の人々は、伝統的な宗教の教えを、わりとそのまま素直に信じていることは多かったり、また、後天的な教育が少なかったので、自分達の本能的な直感によって、身の回りにいる霊的な存在達を、時に非常に身近に親しく感じたり、また時に非常に強く恐れたりしながら、毎日の生活を送っていることが多かったようです。

 それから、たいてい大多数の人々の平均寿命は、とても短かったので、日々の生命の喜びと共に、病や老いや死も、とても身近に感じていたようなので、そうした生活の中では、霊魂の存在や、人間を含めた生き物の生まれ変わりのような概念は、わりと自然な形で、まるで当たり前のような感覚で受け入れていることが多かったようです。

 それは、いったい、どのようなものだったのかというと、例えば、「少し前に家族の一人が亡くなってしまったのだけれども、すぐに生まれてきたこの子は、なんとなく、その人の魂の生まれ変わりのような気がする」とか、「何となく、あの虫は、誰かの魂を運んでいるような気がする。そのうち誰かのお腹に入って、人間として生まれ変わってくるのだろうか?」とか、「この生き物とは、本当に心が通じるので、とてもただの家畜のように気軽には殺生できない」とか、「物心ついた頃には、すっかり忘れて、思い出せなくなってしまったけれども、子供の頃は、自分は、前世の記憶をかなり鮮明に覚えていた」とか、「何となく命日の頃になると、亡くなった人々の魂を身近に感じる」とか、「この辺りには、何かものすごい霊がおられる気がするので、いい加減なことをしていたら祟りのようなことも起きたし、みんなで神様として祀らないといけないのではないか」などというような感じで、目に見えない霊魂の存在や、人間や動植物の生まれ変わりのようなことを、かなり身近に感じていたようなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2021年4月23日 9:03 PM, インド思想、ヒンドゥー教 / おすすめ記事 / スピリチュアリズム、霊界 / 中国思想 / 人生観、世界観 / 仏教 / 宗教、道徳 / 歴史 / 社会、文化 / 神道 / 自然、生命



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