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「天命」について Part 8

③人生では、他の人の苦しみや悲しみをより深く理解できるようになるために、あえて苦しく辛い体験をすることもある

 三つめは、これは、多少言いづらいのですが、世の中には、かなり苦難に満ちた人生というものがあって、つまり、何らかの理由で、非常に苦労ばかりを強いられるような人生を送らなくてはならなくなったり、また場合によっては、その人自身としては、かなり不本意な肉体や精神の状態で、数十年の人生を送らなくてはならなくなることがあるのですが、人間の人生では、こうした当人自身としては、かなり辛い大変な人生を送ることが、その人自身の天命になっていることもある、ということです。

 それは、これまでの光と闇の時代には、人間というのは傲慢なもので、すぐに思い上がって、他の人を見下すような気持ちになってしまったり、毎日の幸せな五体満足の生活を、まるで当たり前のもののように感じてしまったり、また場合によっては、他の人をいじめたり、苦しめたりしても何とも思わなくなるようなところもあったので、そうした人間の傲慢さを戒めるために、時折、人間の人生では、普通の健康な肉体や精神ではないような、かなり不自由な状態で一生を送るようなことが起きたり、また、かなり辛い苦しい体験をしなくてはならなくなるようなことが、非常に多かったのです。

 ただ、それも長い転生の中では、やがて、一つの魂の体験として昇華されてゆき、他の人々や生き物達の苦しみや悲しみが、すぐに理解できるようになる、とか、すぐに何らかの形で他の人々や生き物達を助けたり、奉仕したくなる、とか、より相手の立場に立った懐の深い物の見方ができるようになる、などというように、より高次の立場に立った魂の進歩に大きく役立つようなところがあったようです。

 

④いっけん、あまり意味のない体験であったとしても、より大きな神の摂理の下では、何らかの学びや奉仕のために大切な霊的な学習過程であることもある

 それから、四つめは、これはあまり知らないかもしれないのですが、実は、この宇宙には、大きな神の摂理のようなものがあって、「その人の魂の進歩のためには、どうしても、こうした体験を一度はしてみないといけない」、とか、「こうした物の見方ができれば、この程度の霊的な悟りである」、とか、「こういう状況で、この程度のことができると、これくらいの霊的な役割を受け持つことができる」、などというように、それぞれの魂のレベルに沿った霊的な学習過程のようなものがあるのです。

 ですから、そうした目で見てみると、実は、いっけん、何の得も学びもないような、かなり不毛な人生の経験であったとしても、より大きな霊的な立場から見れば、「その人は、今こうしたことを学ぶ目的で、その場所に生かされている」、とか、「その人は、今、こうした奉仕をする目的で、今そこで働いている」、というようなことが、どの人にも、かなりはっきりあるようなところがあります。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2014年3月13日 9:03 PM, 人生観、世界観 / 宗教、道徳



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