Light Symbol

宗教選びの五つの要素について Part 1

 前回に引き続き、宗教について、あまり世間の人々が考えないような、少し客観的な観点から考えてゆきたいと思います。

 

宗教選びの五つの要素について

 その宗教の良し悪しは別として、たいてい、世の中の宗教というのは、自分の宗教の神仏や教えが、一番、凄くて、他の宗教の神仏や教えは、それに比べると、今一、もしくは、全然、ダメ、さらには、悪魔の教えだ、というような説明をすることが多いのですが、これに関して、少し、私の考えを述べてみたいと思います。

 たいてい、宗教の構造というのは、次のような五つの要素に分類されるようなところがある、ということです。

 

①どの宗教でも、まず最初の段階では、この世の常識や、この世そのものの否定を、徹底的に行うことが多い

 まず第一には、これは、よく考えてみると、どの宗教も、ほとんど同じなのではないか、と思われるのですが、たいてい、どの宗教も、まずは、最初に行うのが、この世の常識、あるいは、この世そのものの否定になるのではないか、ということです。

 細かく言うと、いろいろなパターンがあるので、省略しますが、要するに、「この世は、仮の世なので、本当の真実を求めるべきだ」、とか、「この世は、悪魔の原理の世界なので、この世の原理とは違う、神の摂理(せつり)を求めるべきだ」、とか、「現在の世界には、本当の信仰や教えがないので、この宗教の本当の信仰や教えを学ぶべきだ」、とか、「この世界は、欲望と闘争に満ちているので、真実の愛や悟りを求めるべきだ」、とか、「物質世界の幸福は、嘘のまやかしなので、本当の霊的な悦びを求めるべきだ」、というような話が多いのですが,要は、たいてい、どの宗教でも、多くの人々が、全く当然のものとしている、この世の常識や、あるいは、この世そのものの否定を行うことが、非常に多い、ということです。

 

②たいてい、あの世の怖い地獄や悪魔の説明をされた上で、その宗教独自の信仰や教えに入ることによる、地獄や悪魔からの開放や、この世的な失敗からの救済が説かれることが多い

 第二には、たいてい、その上で、ダメ押しで来るのが、普通の人々には、全くよく分からないような、あの世の話が出てきて、それで、「この信仰や教えを知らないと、そうした怖い地獄に堕ちて、永遠に苦しむことになる」、とか、「この信仰や教えを知らないと、この世でも、大変な落伍者や失敗者になる」、というような話が出てくる、ということです。

 例としては、そうした信仰や教えを知らないばかりに、大失敗した上に、真っ暗な恐ろしい地獄に堕ちて、出れなくなった、哀れな人間の話であるとか、たくさんの怖い地獄のバリエーションの話であるとか、あるいは、多くの人々を、そうした恐ろしい地獄に陥れようと暗躍する、怖い悪魔の話が、たくさん出てくることが多い、ということです。

 

③たいてい、あの世の天国や神仏の説明をされた上で、その宗教の信仰や教えに入ることによる、天国への招待や、神仏の加護や、この世的な成功や幸福の実現を説かれることが多い

 それから、第三には、その上で、これも、たいてい、普通の人々には、全く見聞きしたことのないような話になるのですが、そうした信仰をした人が、死後、訪れることになる天国や、そうした天国に住む、神仏の話が出てくる、ということと、それから、そうした信仰や教えを受け入れた人が、この世的にも、ものすごく幸福になり、成功した、というような話を聞くことが多いようです。

 例としては、「天国は、こんな素晴らしい極楽浄土になっている」、とか、「天国は、すべての人間の希望が実現する、素晴らしい所だ」、とか、「神仏は、こんなに偉大な、すべての人々を救う、全知全能の存在なのだ」、とか、「この信仰や教えによって、こんなに幸福になった人がいる」、とか、「こんなに成功した人がいる」、といった話が多いのですが、これは、後からも述べますが、要は、そうした天国の話にしても、地獄の話にしても、実際には、この地上の世界において、多くの人々が、心の底から、嫌だと思ったり、一度は、やってみたいと願うような夢の話が、淡々と、たくさん述べられていることが多い、ということが言えます。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2011年10月19日 9:16 PM, おすすめ記事 / コラム / 人生観、世界観



«

»

おすすめ記事

過去の記事