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宗教選びの五つの要素について Part 2

④「無欲」、「清浄」、「精進」、「慈悲」といった、多くの人々の宗教への単純な思い込みとは、かなり違って、たいていの人は、最初に宗教に入る時には、この世的な観点と、あの世的な観点の両方から、そのメリットとデメリットを、かなり真剣に吟味していることが多い

 第四には、その上で、「この信仰や教えを学ぶと、こういうご利益がある」、というような話が出てくることが多いのですが、実は、こうした宗教に入る最初の段階においては、多くの人々の思い込みとは、かなり違って、たいていの人々は、結構、この世的、それから、あの世的な観点から見た、メリットとデメリットの損得勘定について、あれこれ思いを巡らしていることが、非常に多い、ということなのです。

 つまり、最初に宗教に入る時には、多くの人々の宗教のイメージ、つまり、無欲さや清浄さや、向上心やボランティア精神や、強い神への憧憬などとは、かなり違って、結構、この世的な視点でもって、「これは、いいんだけど、これは、ちょっと、嫌だな」、とか、「これは、魅力的だけど、これは、ちょっと怪しいな」、などという具合に、ああだこうだと、いろいろ考えては、その宗教に入ることによる自分や家族のメリットと、そのデメリットについて、結構、真剣に、一生懸命、吟味していることが、非常に多い、ということなのです。

 

⑤多くの人々は、いったん、何らかの宗教に入信してしまった後には、だんだん、その宗教独自の人生観や世界観に埋没してゆくようになり、周りの人々から見ると、非常に理解に苦しむような、この世の常識とは、かなり、かけ離れた行動でも、わりと平気で行い続けるようになってゆくようなところがある

 さらに、第五には、ここからが、少しややこしくなってくるのですが、実は、多くの人々は、こうした形で、最初に宗教に入る時には、あれほど、自分や家族のメリットとデメリットについて、深く考え抜いていたにも関わらず、いざ、そうした宗教に入信してしまった後には、その後の、いろいろな経緯によって、「だけど、これをやらないと、罰が当たる」、とか、「これをすれば、もっと徳が積めるのではないか(得するんじゃないか)」、などという具合に、いろいろ考えては、この世的なバランス勘定とか、この世的な損得というのは、だんだん、どこかに吹き飛んでいってしまうようになり、そうではなく、その宗教の中での損得、もしくは、あの世的観点とも言えるような不思議な理屈でもって、言ってみれば、この世的には、かなりぶっ飛んだ、訳の分からないような道理を、次々と振りかざしては、普通の人々から見ると、何だか、全然、理解不能な宗教活動というものに没頭していってしまうことが、これまでの時代には、非常に多かった、ということなのです。

 このように、たいていの宗教では、まずは、この世の否定から始まって、その次には、地獄や悪魔の恐ろしさや、天国や神仏の素晴らしさを、淡々と説明してゆくことが多いので、その上で、多くの人々は、その宗教によるメリットとデメリットについて、かなり真剣な吟味を行うことが多いのですが、ところが、多くの人々は、いったん、何らかの宗教を深く信じ込んでしまうと、なぜか、その後は、その宗教独自の人生観や世界観に深く埋没していってしまい、周りの人々から見ると、かなり奇異ともとれるような、不思議な理屈や行動を繰り返すようになってゆくことが、これまでの時代には,非常に多かった、ということなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2011年10月20日 9:16 PM, コラム / 人生観、世界観



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