前回、「神」と「仏」の呼び方が、若干、混乱しているように思われたので、少し補足しておきます。
現在の地球の宗教における、この宇宙の「創造主」や「キリスト意識」の位置づけについて
まず最初に世界的な大宗教において、この宇宙の創造主として考えられている存在としては、キリスト教の「父なる神」、「God」や、ユダヤ教の「エローヒム(ヤハウェ)」(ユダヤ教では、「ヤハウェ」という名前も、そういう意味で使われることがあります)や、イスラム教の「アッラー」や、それから大乗仏教の「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)(大日如来)」(いわゆる奈良の大仏が象徴する光の存在のことで、釈迦(しゃか)ではありません)に関しては、ほぼ完全に、この宇宙の創造主に当たる存在を指しているのではないか、と思われます。
※大乗仏教の「阿弥陀(あみだ)如来」は、どちらかと言うと、創造主というよりも、キリスト意識と理解した方がよいのではないか、と思われます。
もう少し細かく、それぞれの宗教について見てゆくと、まずキリスト教では、こうした「父なる神」、「God」と、本当は、それとほぼ同じ存在である「キリスト意識」が分けて、分類されているということと、それから、おそらく、多くのキリスト教徒がイメージしている「聖母マリア」のイメージは、こうしたキリスト意識の女性的な側面が表したものなのではないか、と思われます。
前にユダヤ教には、いろいろ問題があることを述べたことがあるのですが、ただ、おそらく元々、多くのユダヤ人が素朴に考えていた、ユダヤ教の唯一神である「エル」、「エローヒム」、あるいは、「ヤハウェ」と呼ばれる存在は、この宇宙の創造主を指しているのではないか、と思われます。
イスラム教の「アッラー」は、この宇宙の創造主であると共に、性質的には、こうしたキリスト意識そのものであると思われるのですが、これもまた、そのうち、ある程度、詳しく書きたいと思っているのですが、実は、イスラム教を興した「ムハンマド(マホメット)」は、霊的に見た場合には、元々は、「イエス」と呼ばれる人物と、ほぼ同じくらい優れた霊的な覚者のような人物であった、ということが言えるでしょう。
ヒンドゥー教だと、宇宙の創造を司る「ブラフマー」が、創造主的存在で、世界の維持や慈愛を司る「ヴィシュヌ」や、その妃に当たる「ラクシュミー」や、その化身である「クリシュナ」が(他にも、たくさんいるのですが)、どちらかと言うと、「キリスト意識」のような存在として認識されているように思われます。
それから、これは、現代だと多少、混乱して理解されているようなところがあるのですが、世界の破壊を司るとされる「シヴァ」は、これは地上の世界の他の出来事でも、ほとんど同じようなことが言えるのですが、創造は、変化や破壊を伴うことが多いので、おそらく、創造主の別の側面を表した個性なのではないか、と思われます。
いずれにしても、現在のヒンドゥー教の見方の通り、こうしたヒンドゥー教の最高神である 「ブラフマー」や「ヴィシュヌ」や「シヴァ」というのは、元々は、ただ一つの「創造主」、もしくは、「キリスト意識」と呼ばれる存在であったということが言えるでしょう。
それと、ゾロアスター教の最高神である「アフラ・マヅダー」や、それから善神の「スプンタ・マンユ」や、光明神の「ミスラ」などと呼ばれている存在も、この宇宙の創造主やキリスト意識のことを表しているのではないか、と思われます。
あと、ギリシャ神話の中では、「ゼウス」が、神話上の立場としては、この宇宙の創造主のような扱いになっているようなのですが、霊的には、それ以前の時代から伝わっている「ヘルメス(トート)」の方が(どちらかというと、エジプトや中近東の神のような立場だったようです)、この宇宙の創造主により近い存在だったように思われます(参考)。
Cecye(セスィエ)
2012年4月29日 9:07 PM, イスラム教 / インド思想、ヒンドゥー教 / ギリシャ神話 / キリスト教 / スピリチュアリズム、霊界 / ユダヤ教 / 仏教 / 宗教、道徳