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常に霊的にも物質的にも、また個人としても集団としても、最高にして最善の「幸福主義」的な生き方を志向してゆく Part 5

この宇宙では、たとえどんな人であっても、「自分の上に絶対的に上の存在がいる」とか、「自分の下に絶対的に下の存在がいる」というような人間に上下をつける価値観を持っていると、絶対に本当の幸福感を感じることができないというような不思議な幸福原則が存在している

 さて、こうした前提で、次には具体的な幸福の実現の話に入ってゆきたいのですが、その前にこうした幸福の実現に関しては、どんな人であっても、どうしても、これだけは押さえておかないといけないというような非常に重要なポイントのようなものがあるということなのです。

 それは、いったい何なのかというと、これは例の暗闇の勢力によって、かなり用意周到に国家規模や全世界規模でマインドコントロールや情報操作をされていったふしがあるので、普通の人間としての仕事や生活をしているだけでは、なかなか気がつかないのではないかと思われる内容になってくるのですが、要するに簡単に言うと、どんなに頭のよい優秀な人であったとしても、また、どんなに仕事のできるお金持ちの人であったとしても、それから、どんなに美しい感性の優れた人であったとしても、「自分の上に自分よりも絶対的に上の存在がある」とか、「自分の下に自分よりも絶対的に下の存在がある」というような価値観を持っている場合には、原則、ほぼ絶対と言ってもよいほど、本当の幸福感を感じることはできないというような、ちょっと、いっけん訳の分からないような変わった幸福原則のようなものが、この宇宙には存在しているということなのです。

 これは理論的に説明することは、とても難しいので、そうではなく、具体的な例を幾つかあげて説明してみたいと思うのですが、まずは単純に世の中の様子を観察してみて、幸福そうに見える人というのは、いったいどのような人なのかということを考えてみると、現在の段階では、大体、次のような五つの代表例があるように見えます。

 

①まだ世の中の怖さを知らず、どんな人も単なる自分の遊び相手のように感じている赤ん坊や小さな子供達は、みんな結構、幸せそうに過ごしているように見える

 まず第一には、生まれたばかりの赤ちゃんや、小さな子供達の様子を見ていると、比較的幸福そうにしていることが多いように思うのですが(もちろん、すべてとは言いませんが・・・)、この場合、そうした赤ん坊や小さな子供達というのは、親や親族の人達がかなり可愛がって、いろいろと細かく面倒を見てあげていることが多いので、基本的にまだあまり世間の怖さを知らないというか、いつでも喜んで、どんなに年上の人でも単なる遊び相手のように接していることが非常に多いということなのです。

 それゆえ、こうした様子から察する限り、どうも非常に幸せそうに見えることが多い小さな赤ん坊や子供達というのは、あまり自分より上の怖い存在や、絶対に言うことを聞かないといけないような目上の存在というものを、それほど強く受け入れていないように見えるということです。

 

②お互いに気の合う、何でも気軽に話し合える友人との人間関係は、人間にこの上ない幸福をもたらすが、そうした友人との間に上下の亀裂(きれつ)が入ると、途端にお互いに気を使って緊張し合うような不幸な人間関係に陥ることが多い

 第二には、これは単純明快、前にも少し述べましたが、学校や会社などでの上下関係や利害関係のほとんどない、いわゆる友人同士の人間関係の中での幸福ということになってくるのですが、これはよくよく考え直してみないと分かりづらいのですが、私の見る限り、たとえとても仲の良い友人同士であったとしても、次のような三つのケースの場合には、あまり楽しそうにしていないことが多いということです。

 まず第一には、どんなに仲の良い友達同士であったとしても、たいてい学校の試験や成績の発表や、あるいは会社の成績の発表や昇降格の際には、みんな気難しい顔をしていることが非常に多いということです。

 第二には、これは進学や就職の際や、それから結婚が決まった際などによく起こる出来事なのですが、どんなに仲の良い友達同士であったとしても、自分と友人との間で、今後はこれまでとは同じ道を歩めなくなるとか、あるいは今後はこれまでとは同じ時間を過ごせなくなるというような大事な人生の決断や選択の際には、やはりみんな、ちょっと真剣な顔をして、いろいろ考えていることが多いということです。

 それから第三には、これもよくある話なのですが、かつては仲の良い友達であったにも関わらず、長い人生の途中のある段階から、いろいろ複雑な経緯を経るうちに、お互いに完全に利害の対立した敵同士になってしまったり、あるいは地位や身分や収入の面などで取る側と取られる側とか、命令する側と命令される側というような上下関係を持つようになってしまうと、もう途端にそれ以前の親しい人間関係には戻れなくなるケースが多いようです。

 このどれにも共通しているのが、今まで自分達は、お互いに非常によく似た平等な存在であると思っていたのに、「突然、自分は下で、相手が上の立場に見えるようになった」とか、「突然、自分は上で、相手がものすごく下の存在に見えるようになった」というような出来事があったことなのではないかと思われるのです。

 実際、その通りで多くの人々の人間関係というものをつぶさに観察してみると、どの人も自分といろいろな面で似ている、あるいは、何となく同じクラス(レベル)に感じるような人と一緒に過ごしていると、とてもリラックスできて楽しそうにしているのですが、そうではなく、何となくであっても相手の方がずっと上のように感じる人間と過ごしていると、途端にものすごく緊張して気難しそうな顔で、そわそわした言動を始めるとか、あるいは相手の方がずっと下のように感じる人間と過ごしていると、何となく何を話すにも、いろいろ気を使わなくてはならなくなったり、何かあるとお金のことや仕事や生活のことで相談に乗らなくてはならなくなったりするので、そのうち、だんだんそうした人間関係が、うっとうしくなってゆき、あまり付き合わなくなってゆくようなことが非常に多いということが言えるでしょう。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2011年8月7日 9:33 PM, 人生観、世界観



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