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光について Part 20

③たいていの場合、それぞれの人が、適切な場所や時間や人や条件などを冷静に考えて、判断し、行動してさえいれば、大した悪は犯さずに、常にある程度、善なる行動をしてゆけるものである

 三つめは、これは、多くの人々が、ほぼ毎日のように体験している内容だと思われるのですが、たいていの場合、善と悪の違いというのは、例えば、他の場所や時間でやれば、別に全く何の問題もないのだが、偶然か、意図的かはともかくとして、その場所や時間にやると、宗教の教えや国の法律に触れるので、すっかり悪として、認定されてしまった、とか、ある人は、相手のためを思って、親切心で何らかの行為をしたのだが、その意図が、相手に正しく伝わらなかったためにすっかり誤解されて、まるでものすごい悪事をしたかのように決めつけられてしまった、とか、別にある年齢や立場になってからであれば、全く問題ないのだが、偶然か、出来心かはともかくとして、まだ、その年齢や立場に達していないのに何らかの行為をしたために、とても悪いことをしたことになってしまった、とか、現代の民主主義の国であれば、全く何の問題もない行為であっても、それと同じ行為を宗教的な戒律や法律の厳しい国で行ったら、大変な罪として、罰されることになってしまった、とか、普段、一緒に仕事をしている人に話しても全く何の問題のない話であっても、別のある人に話したら、とんでもない情報漏洩として、厳しい取り締まりに遭ってしまった、などというように、これは、霊界のような所でも、ほとんど同じだと思われるのですが、実は、この地上の世界で、時折、ニュースで取り上げられるような、かなりとんでもない犯罪行為のようなものも含めて、たいていの場合は、それぞれの人が、その時々の場所や時間や人や条件などを、ある程度、冷静に考えて、判断し、行動してさえいれば、それほど大した悪を犯すようなこともなく、常にある程度、善なることを行い続けてゆけるようなところがあるのではないか、ということなのです(参考1参考2参考3)。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2014年12月5日 9:07 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 宗教、道徳 / 知恵、正しさ



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