Light Symbol

イエスについて Part 39

③現在の聖書成立以前のイエスの考えとしては、当時のパレスチナを中心に、全世界に広がりつつあった、一種の言霊(ことだま)教の影響を最小限に押さえて、時空間の大変化を防ぐことだったので、当然、元々のシナリオでは、彼自身が、救世主であるという自覚もなければ、処女降誕による出生も、全く考えていなかった

 第三には、これは、もっとややこしい話になるのですが、そうすると、イエスという人物本人の意思としては、「自分は、普通に結婚した男女の所に生まれた方がよいのか、それとも、まだ、正式な結婚もしていない、マリアのところに、突然、妊娠した方がよいか、いったい、どちらの方がよいと考えていたのか」、というと、これが、霊的に見ると、とてもややこしい、というか、非常に難しい問題を含んでいるのですが、現在の彼の意思を元に考えてゆくと、おそらく、私は、次のような考えを、彼は、持っていたのではないか、というように考えております。

 まず、これは、ごくごく普通の物の見方になるのですが、「あんな危険な所に、まだ、結婚もしていない、処女の女性の所に生まれるような、目立つ真似をしたら、すぐに政府の取り締まりの対象にされて、全くミッションがこなせなくなってしまうので、自分としては、あまり目立たないけれども、霊的には、ある程度、しっかり育ててくれるような父母のもとに生まれるような形にしたいな」、というような考えを、もともと、持っていたのは、ほぼ間違いないのではないか、というように、私は感じております。

 ところが、その後の歴史の変化の経緯で(つまり、いったん、成立していた歴史が、大きくすり替わってしまったために)、イエス自身としては、全く予期していなかったような形で、はっきり言うと、本人としては、全く訳の分からない「救世主」というような立場に、自分が祭り上げられてしまったので、そうした状況下では、もし、多くの人々の耳目に触れれば、すぐに時の政府の取り締まりの対象にされそうな、まだ、結婚もしていない、処女の女性から生まれたような話になってしまうと、彼としては、正直言うと、「これは、大変、困った事態になったな」、というように考えたことは、ほぼ間違いないのではないか、ということなのです。

 その理由は、とても単純なのですが、元々の歴史のシナリオの中での、当時のパレスチナにおける、彼のミッションの内容を、今日的な感覚で、大雑把に述べると、大体、次のようなものだったからです。

 まず第一には、当時のパレスチナの政府の目を、うまく、かわすような形で、直接対決は避けつつ、その上で、いっけん、ユダヤ教とほとんど同じようなスタンスをとりながらも、それとは、肝心な所で、かなり異なる、政治宗教ではない、本当の光の創造主を信仰するような霊的な教えを広めることと、それから、第二には、これは、現在では、全く正反対に伝えられているのですが、当時のローマ(この歴史のシナリオの時には、現在のようなイタリアではなく、途中経過の段階で、エジプトが中心地に変わっていたようです)に広がっていた、わりとオーソドックスな霊的な思想(現在では、全く伝わっていませんが)を、パレスチナの人々にも、もう少し分かりやすい形で、伝えたり、教えたりすることが、彼の霊的な使命の筆頭になっていました。

 それから、第三には、これは、少し分かりづらいと思うのですが、前にも、キリスト教独特の偽光界(ぎこうかい)、というか、偽天国の話を、たくさん述べたと思うのですが、当時、そうした偽光界が、当時のパレスチナの辺りを中心に、全世界に広がるような、霊的宇宙的に、かなり危険な状況になりつつあったので、そうした偽光界の拡大を、何とか最小限に食い止めるために、当時のパレスチナにあった、彼らの総本山のような場所から広げていた、現代的な言葉で言うと、一種の言霊(ことだま)教(一定の信念の言葉を、言葉の力を信じながら、何度も何度も、強く発音したり、強く信じ込んで、自分自身で、そうした言葉の世界の中に深く入り込んでゆくような、霊的に見ると、非常に危険な宗教形態のこと)の影響を、最小限に食い止めて、前に述べたような、時空間の逆転現象、もしくは、地球的なタイムテロを阻止することが、彼にとっては、最大の霊的なミッションになっていたからなのです。

 それゆえ、当初の彼の考えとしては、今日のキリスト教で伝えられているような、「神の一人子であった」、とか、「ものすごいメシアであった」、というような感覚は、全くなくて、今日的な感覚で言うと、あのスターウォーズのジェダイの一人が、非常に大切な霊的なミッションをこなすために、仲間を引き連れて、当時のパレスチナの辺りに、生を受けた、というのが、霊的には、本当の実態に近かった、ということです。

 こうした状況であったので、現在、伝わっている聖書以前のイエスの考えとしては、最初は、あまり目立たない形で生まれて、それから、霊的な修行を積みつつ、この世的な経験も積んで、その上で、ある時点になったら、パレスチナの中心の辺りで、当時の宗教や政府とは、あまり直接衝突しないような形で、彼の霊的なミッションをやり遂げる、というのが、彼の元々のバース・ビジョンになっていた、ということなのです。

 こうした霊的な背景が分かると、ある程度、よく分かると思うのですが、現在、伝えられているような聖書以前の、元々のイエスの考えとしては、自分が、救世主になるなんて発想は、全く微塵もなかったので、それゆえ、当然、自分が、まだ結婚もしていない処女の女性から生まれるようなシナリオも、全く考えていなかった、ということなのですが、それが、現在の時間軸から見ると、約5世紀頃に成立した、「新キリスト教」と言ってもよいような、全く新たな、非常に強烈な信念の投影を強制し続けるような新宗教の誕生によって、全く別の、はっきり言うと、彼にとっては、かなり過酷な人生を生きざるをえないような状況に追い込まれてしまった、ということなのです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2012年2月10日 9:05 PM, キリスト教 / スピリチュアリズム、霊界 / 人生観、世界観



«

»

おすすめ記事

過去の記事