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現在の塾や家庭教育の手法をそのまま学校に導入して、親も子供も最高に楽しめるような形で一挙に教育効率を上げる

 それでは現在の段階で、こうした現在の学校教育の問題を根本的に解決するような方法としては、一体どのようなものが考えられるのかというと、大体、次に述べるような幾つかの方法になるのではないかと私は思います。

 

 まず第一には、もう単純に「暗記すればいい」とか、「計算できればいい」というような教育の内容、つまり文字や漢字であると単純な四則計算のたぐいの内容は、現在の学校のように、できる子もできない子も大勢何十人も一緒くたにまとめて、6年も9年も機械的にやらせるような方法は、そろそろいい加減に止めてもいいのではないかということです。

 それというのは、これは、ご自分やご自分の子供が塾に行ったことがあったり、あるいは、ご自分で自分の子供に勉強を教えたことのある人なら、すぐに分かるのではないかと私は思うのですが、はっきり言って、現在の日本の小学校で教えているくらいのレベルのひらがなや漢字や簡単な算数の演算ぐらいの内容なら、そうした現在の日本の塾や家庭教育であるならば、多分ほぼ半分ぐらいの時間でしっかり教え込むことは十分可能でしょうし、またそうしたタイプの教育の場合、多分、一人も落ちこぼれも出ないばかりか、一人一人の子供が学校以上に強い達成感を感じることができたり、自分が新たな知識や能力を身につけて、どんどん向上してゆく喜びというものをもっともっと実感できるような、より理想的な教育ができる可能性がずっと高くなるからです。

 それゆえ私は、分かる子も分からない子も大勢一緒くたにまとめて、とにかく機械的にワンパターンの授業を繰り返し続けるような現在の日本の学校教育に関しては、現在の日本企業のように、もっともっと大胆に合理化して一挙に教育効率を上げる必要があるのではないかと率直に感じているのですが、そのためには、もう単純な文字の暗記や計算の習熟のたぐいの内容なら、現在の日本の塾や家庭教育の手法をそのまま学校に導入して、どの子供も一人残らず、最高に楽しく充実した学びの成果が上げられるような新たな教育システムに全面的に切り替えるべきなのではないか、というように率直に感じています。

 

 続く・・・

 

 

 追伸

 はっきり言うと、その子供の学習がより楽しく効率よく進むなら、学校でも塾でも家庭でもどこでもいいということになるのですが、現代の日本だと学校に一定の割合で不良や落ちこぼれがいるのは、ほとんど当たり前のことなのに、「うちの塾の○○君は最低の落ちこぼれだ。もう二度と来ないでくれ」とか、「うちの家族の中の○○ちゃんは、本当に不良よね」などというような会話はあまり聞いたことがないので、正直言って、あまり学校に適性のない子供は、そんなに無理して学校で勉強する必要はないのではないか、というような素朴な印象を私は持っております。

 要は、その子供が大きくなってから、自分が一番楽しいと思えるような仕事について、ちゃんと自分で経済的に自立して生活でき、そして民主主義国の市民にふさわしい考え方や生き方ができれば、それでいいのですから、「絶対に学校は、今のままでなくてはならない」とか、「絶対に今の学校に行かなくてはならない」などというような考え方というのは、言ってみれば、一つの信仰(学校信仰?)に近い考え方なのではないか、というように私は率直に感じています。

 

 ちなみに私塾や家庭教育を徹底的に排除して、「全国民は、国が決めた一定の教育方針の中での学校に絶対に通わなくてはならない」とか、「そうした学校に通わなかった人間は、役人や教師など社会的地位のある職業には絶対につかせないし、出世もさせない」というような国というのは(これは世界共通なので、決してどこの国とは言いませんが)、近くに露骨な洗脳教育をやるような危険な軍事大国志向の独裁国があるような国か(たとえ国民の一部の人々であっても勝手な教育活動を放置しておくと、いつの間にかテロとか犯罪などが増えて危険なので)、もしくは、その国自身がそうした非常に強力な洗脳教育をやっている国かのたいてい、いずれかのケースなので、日本の場合、そのどちらであるかということは、一度、みなさん自身でゆっくり考えられてみてはいかがでしょうか。

 

Cecye(セスィエ)

2010年10月3日 9:24 PM, おすすめ記事 / 教育



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