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現在の学校教育では、非常に自然かつ巧妙な形で、政治的に非常に無力で従順な国民を大量育成するためのマインドコントロールの基礎が教えられている Part 1

 実は、前回、現在のアセンションの状況について、書いていると、学校教についての話が、意外と長くなってしまったので、文章の構成の都合上、とりあえず、結論に当たる要点の部分だけ、先に載せることにしたのですが、今回から、その学校教についての見解を、何回かに渡って、述べてゆきたいと思います。

※私の表面意識のレベルでは、「こんな長い文章、嫌だ」、と思っても、私の潜在意識の方では、「現在のアセンションの状況を書いている時とか、そうした機会に、ついでに一緒に書いてもらわないと、いつまで経っても、私が書くべき内容を、全部、地上の世界に降ろすことができない」、などと考えていることが多いようなので、時々、こうした潜在意識の暴走(高次元世界から見ると、予定通りの行動)が起こることがあるようです(この前の経済の話を書いた時にも、こんな感じでした)。

 

現在の学校教育においては、いっけん、かなり自然かつ巧妙な形で、政治的に非常に無力で従順な国民を大量育成するためのマインドコントロールの基礎が教えられている

 前回、少し述べたような、学校教の基本ポリシーとは、多くの人々の人間形成にとって、非常に重要な、最初の十数年において、昔の宗教よりも、遥かに強力な一種のマインドコントロールのための基礎を、そうした義務教育の段階で、ほぼすべての人々に、徹底的に叩き込む、ということです。

 それでは、そうしたマインドコントロールのための基礎とは、一体、何であるのか、というと、次のような三つの内容になります。

 

①現在の学校教育では、人間には、絶対に動かしがたい、上下の違いがある、ということを、まるで当たり前の常識のように受け入れさせてゆく

 まず第一には、自分より偉い、自分が従わなくてはならない目上の存在と、自分より下の、自分が好きに命令してよい目下の存在がいる、というような人間の上下感を、まるで当たり前の常識のように、徹底的に受け入れさせることです。

 

②現在の学校教育では、自分が主体的に考えて、決めるのではなく、常に、どこかの誰かが決めた正邪を、一方的に受け入れ、従わなくてはならない、というような人生観を押し付けてくる

 第二には、それぞれの人間に、まるで自分には、全く何の選択権も決定権もないかのように思わせるような形で、正しいことと、間違っていることを、どこかの誰かによって、一方的に決められ、従わなくてはならないような価値観を教えようとしてくることです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2011年5月6日 9:24 PM, 政治 / 教育



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