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儒教も道教も、元々は、古代の中国において、愛と知恵の教えを説いた、ただ一人の人物の教えが分断されて伝えられたものだった Part 2

③古来から中国では、「儒教」と「道教」の立場は、かなり両極端な面を持つ宗教思想として、対峙(たいじ)してきたように思われるが、霊的に見た場合、元々は、儒教も道教も、古代の中国において、愛と知恵の教えを説いた、ただ一人の人物の教えが分断されたものであったように思われる

 第三には、これは、あまり聞いたことがない話なのではないか、と私は思うのですが、実は、老荘思想の「老子」を代表とする仙人の一団のような、日本で言うと、まるで神々のような存在達が、中国の一部では、強く信仰されているようなのですが、実は、霊的に見ると、この「老子」と呼ばれる人物の元々のモデルになった人物が、現在、「孔子」と呼ばれている人物と、ほぼ同一の人物であった可能性があるということです。

 これは、現在残っている資料による証明は、かなり難しいのですが、実は、彼ら闇の勢力の連中というのは、一人の人物や一つの神仏のような存在を、二つ、三つ、四つと、たくさんの全く違う人物や神仏のキャラクターに分けて、宗教の分断を謀ったり、あるいは、元々、一つだった人々の集団を、二つ、三つ、四つのブロックに分けて、お互いに競わせたり、争わせたりしながら、その中で、彼らだけが、かなり特別な超越的な立場に立って、闇の支配を行うことが、非常に多かったのです。

 それゆえ、おそらく、中国という国が、そう簡単に一つにまとまらずに、たくさんの小国や、たくさんの派閥に分かれた分断状態を末永く保つために、元々の古代の中国において、かなり大きな影響を持っていた愛と知恵の教えを説いた人物の話や教えを、幾つもの人物の話や教えに分けた上で、その後、時の権力者がバックについて、かなりの強い権威付けを行いながら、一種の「学問信仰」、というか、「国家教」のような「政治宗教」として打ち出したのが、孔子の儒教を初めとする古代中国の思想家一群の話だったのではないか、ということなのです。

 ですから、これは、よく考えてみると非常に不思議な話であるのですが、「儒教」や「道教」の位置づけというのは、一方では、立身出世したければ、遊びや楽しみは捨てなくてはならないと言い、また一方では、気軽な遊びや楽しみをしたければ、立身出世はあきらめなくてはならないとばかりに、こっちを立てれば、あっちが立たず、また、あっちを立てれば、こっちが立たずという具合に、はっきり言うと、かなり両極端な人生模様になるように、あえて思想的なアンバランス、というか、思想的な不具合の発生しやすいような形に、元々、一つだった人物の優れた教えをねじ曲げて、分断しようとしたのではないのか、ということなのです。

 ですから、これは中国の儒教や道教の思想を、まじめにやったことのある人なら、おそらく、誰もが体験したことなのではないか、と思われる話になるのですが、「自分としては、かなり道を極めたつもりであるのだが、はっきり言って、それほど成功したわけでもないし、また正直言って、幸福になったという実感もほとんどない」とか、「自分は、この厳しい修行の完成によって、優れた仙人や道士になれるはずだったのだが、いくら時が過ぎても、なかなか修行が成就したという実感はないし、また年を取ると、何となく自分は、もっと他にやるべきことがあったのではないか、と素朴に疑問を感じてしまう」などというような感想を持つ人々が、ここ数千年の間、それこそ本当にものすごく、たくさんいたのではないか、ということなのです。

 ですから、こうした観点から考えてみると、儒教にしても、道教にしても、これまでの中国における宗教思想というのは、その大きな影響力とは対称的に、霊的に見た場合、はっきり言うと、かなり厳しいところがあったということが言えるのですが、ただ、個人個人で見ると、中国の人々というのは、かなり地に足のついた、したたかなところがあるように見受けられるので、結局、昔から多くの中国の人々は、そうした宗教思想からは、適度に距離をとって、ある程度は、霊的なことや縁起物については尊ぶけれども、ただ基本的には、自分の仕事や生活を、できるだけ豊かで幸福なものにするというような、ある種の現実主義的な生き方を選ぶことによって、それなりの個々の幸福を得るような道を選び続けてきたのではないか、というような感想を、私は率直に感じております。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2012年5月2日 9:03 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 中国思想 / 宗教、道徳 / 神道



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