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人間の知的な成長のプロセスと、より良いコミュニケーションのあり方について Part 13

 それから現在は世界中、どの国も義務教育で、ほぼすべての国民に無償で教育サービスを提供しているところが多いのですが、ある国の教育では、非常に良いこととして教えられているような話が、別のある国の教育では、とんでもない悪いことのように教えられていたり、また、ある国の教育では、とても簡単にできる易しいこととして教えられているようなことが、別のある国では、とんでもなく難しい大変なもののように教えられていることがあったり、さらには、ある国の教育では、とんでもなく悪い行為であるとされていることが、別のある国では、ごくごく普通の市民の自由な行為として認めらていたりするなどというように、結構、それぞれの国の教育のあり方によって、多くの人々の一つ一つの物事や言葉に対する感じ方や考え方というのは、大きな影響を受けるようなところがあります。

 あと、これは今日の世界でも時折、非常に問題になることもあるようなマスコミ報道のあり方になるのですが、ある国のマスコミの報道では、非常に素晴らしいと褒め称えられているようなことが、別のある国のマスコミ報道では、とんでもない悪いこととして散々けなされていたり、また、ある国のマスコミの報道では、実際にあった事実をそのままオープンに報道しているのですが、別のある国のマスコミ報道では、あたかも全然違った出来事のように報道していたり、また場合によっては、全く報道していなかったりすることもあるなどというように、結構、それぞれの国や地域によって、マスコミ報道のあり方というのは、違っていることが多いのですが、当然、そうしたマスコミ報道の影響を受けて、そうしたマスコミ報道に接する人々の考え方や行動というのは、かなり大きく違ってきたりするようです。

※マスコミも、いくら正しい報道の義務があるといっても、基本的に営利企業であると同時に、個人のプライバシーの問題もあるし、また、そうしたマスコミの報道に接する人々の性質や状況によっては、結構、とんでもない事態を巻き起こすこともあるので、すべてがすべて事実をそのまま報道することは、なかなか難しいのでしょうが、ただ、できるだけ正しい真実を、ありのまま、わかりやすく多くの人々に伝えることが、マスコミ報道の正しい姿なのではないか、と思われます。

 このように、それぞれの国や民族や地域に関係の深い、宗教や道徳的価値観や、それから国の教育や、マスコミ報道のあり方の違いによって、多くの人々の物事や言葉に対する感じ方や考え方というのは、かなり大きな影響を受けてしまうようなところがあるということが言えるでしょう。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2016年7月15日 9:03 PM, 教育 / 知恵、正しさ / 社会、文化



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