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試験に強い権威をもたせている国は、歴史法則的には、せいぜい百年程度で国家が滅びることになる Part 3

現代のような民主主義の時代でも、いったん一段高い地位や身分を手に入れた人々は、隠れた世襲体制を敷いて、その子弟も必ず一段高い地位や身分階級の仲間入りをさせようとするようになってゆく

 このように、ほぼ完全に利害が対立するような二つの集団がある場合には、歴史法則的には放っておくと、まずは確実に、いったん多くの一般大衆を支配する立場に立った人達というのは、その隠れた地位や身分の旨味、というか、利権のおいしさというのを、本当に肌で感じながら数十年の人生を歩んでゆくことが多いので、こうした人々というのは、だんだん自分の子供が、普通の民間の仕事に就くことを非常に馬鹿にするようになってゆくものなのです。

 その結果、こうした一度、役人の役得の味というものをしっかり覚えてしまった人達の中には、普通の人々からは全くよく分からないような非常に巧妙な形で、自分の子供も必ず役人か、それに近い政府関係の仕事に就かせて、そうした隠れた身分階級の仲間入りをさせるような、いわゆる隠れ世襲制のような社会の体制に、だんだん持ち込もうとしてゆくことが非常に多いのです。

 もともと試験制度というのは、こうした世襲制の弊害を避けるために設けられた制度であるのですが、ところが、どんな制度にも必ず抜け道のようなものがあるので、それゆえ、こうした試験制度を国家の制度として、大々的に採用している国というのは、たいてい、しばらく時間が経つと、いつの間にか当初、そうした試験制を採用した目的というのは、だんだん全く果たされなくなってゆき、そして気がつくと、どこの役所も、その下請け機関も、どこもかしこも役人の子供ばかりというような状況になってゆきがちであるということなのです。

 

試験そのものに、あまり強い権威を持たせるような社会システムにしておくと、いつの間にか「国家の中の別国家」のような排他的な利益集団である役人の人達に国家が、実質的に牛耳られるようになってしまう

 ところが、ここで問題なのは、こうした状況になっても試験制というか、一種の「試験信仰」のようなものが、あまりにもしっかりと根付いてしまった国の社会においては、結局、そこの国民は誰も、そうした試験制度についての根本的な批判ができないばかりか、それどころか、いつの間にか、そうした多くの一般の国民とは全く利害が対立するような一種の利益共同体である役人の人達の言いなり状態で、何年でも何十年でも、そのまま国家全体が、ずるずると引きずられっぱなしの状態になってしまいがちであったのです。

 このように試験制度というものに、あまりに強い権威のようなものを与えておくと、気をつけておかないと、普通の一般市民の立場としては全く思いもかけないような形の大被害、というか、大迷惑を被るようなことになりがちであったということなのですが、ここで問題なのは、こうした「国家の中の小さな別国家」と言ってもよいような多くの一般の人々からすると、かなり排他的な性質を持つ利益集団であるような役人の人達が、そのうち自分達に対して、次々と一方的に命令を与えようとしてくるような為政者の人達に対して、今度は逆に集団の力でもって、自分達役人のための国家運営をさせようと、人類の歴史を見ると、たいてい、どこかの時点で、ものすごい圧力をかけ始めるようになってゆくことが非常に多かったのです。

 つまり、そもそも、そうした大勢の役人の人達による政策実行集団が作られた理由というのが、それが国王や皇帝といった為政者自身のためであったのか、それとも多くの国民のためであったのか、というのはさて置くとして、そうした国家運営のために試験制で厳しく選抜することによって、一部の人達を役人として使うようになって、だんだん年月が過ぎてゆくと、そのうち、どこかの時点で、そうした為政者や多くの国民のための政治ではなく、そうではなく、本来はそうした政治をサポートするために存在しているはずの、ほんの一握りの役人の人達のための政治に、いつの間にか、ほぼ完全にすり替わっていってしまうようなことが、人類の歴史の中では、本当に何度も何度も起き続けてきたということなのです。

 

そうした国は、リーダーシップ不在の政治体制の欠陥から、その後、国家経済の破綻、もしくは、軍事的敗北によって、実質的に国家が滅びるような末路をたどることが多い

 ところが年月が過ぎると、そうした排他的な利益集団としての組織の特性から、だんだん役人や、その下請けに関わる人々の人数というのが、それ以外の普通の人々の税金では、どう考えても賄いきれないくらい大所帯になってゆくにも関わらず、たいてい、そうした役人主体の政治運営になっている場合には、そのまま、いつまで経っても何の根本的な対策も講じられないことが非常に多いので、その結果、やがて大変な重税や、政治的な無策から経済が破綻して、国家が大混乱に陥るか、もしくは、そうしたリーダーシップ不在の政治体制、というか、軍事体制が災いして、近隣や、その国の地方で勃興してきた軍事勢力の巧みな侵略活動によって、その国の支配権を奪われるような国家の末路を歩むようになることが非常に多かったのです。

 このように、いっけん試験制度というのは、大勢の普通の人々の中から、そこそこ優秀な人間を全く無作為に選ぶことができるような点において、大変優れた制度に見えるのですが、ところが、こうした試験というものにあまり強い権威のようなものを持たせているような国というのは、歴史法則的には、短くて数十年、長くても、せいぜい百年程度で、ほぼ確実に国家経済の破綻か、もしくは、軍事的敗北によって、実質的に国家が滅びることになるような歴史のシナリオをたどることが非常に多い、というような結構危険な制度でもあるということは、もうそろそろ民主主義国の一般市民としては、誰でも知っているような、ごくごく普通の教養として知っておくべきなのではないか、というように私は率直に考えております。

 

Cecye(セスィエ)

2010年11月29日 9:33 PM, 政治 / 教育 / 歴史



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