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	<title>アセンションー光の新世界に向けて　Ｃｅｃｙｅ &#187; アセンション・シリーズ　５</title>
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	<description>アセンションの時代と、その後の新世界をより良く生きるためのスピリチュアルな知恵について</description>
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		<title>霊的宇宙的に、真に自由であり続けるためには、そう簡単に、人間の上に人間を置いたり、人間の下に人間を置くような人生観や世界観を持ってはいけない</title>
		<link>http://cecye.com/blog/2011/01/27/the-ascension-series-5-part-2/</link>
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		<pubDate>Thu, 27 Jan 2011 12:29:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Cecye]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アセンション・シリーズ　５]]></category>

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		<description><![CDATA[　ミッションが立て込んでいて、かなり忙しいために、ちょっと文章を書く時間がないために、当分、前に書きためた文章を、少しずつ載せてゆきたいと思います。 &#160; 霊的宇宙的に、真に自由であり続けるためには、そう簡単に、 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<p>　ミッションが立て込んでいて、かなり忙しいために、ちょっと文章を書く時間がないために、当分、前に書きためた文章を、少しずつ載せてゆきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 1.2em;">霊的宇宙的に、真に自由であり続けるためには、そう簡単に、人間の上に人間を置いたり、人間の下に人間を置くような人生観や世界観を持ってはいけない</span></p>
<p>　これは、宗教であっても、民主政治であっても、この世界で、人間として生きてゆくためには、本当に鉄則と言ってもよいような内容であるのですが、とにもかくにも、人間（人間以外の生物に関しても、本当は、基本的に同じなのですが）が、霊的、あるいは、宇宙的に、真に自由であるためには、たとえ、どのような状況に置かれたとしても、そう簡単に、人間の上に人間を置いたり、あるいは、人間の下に人間を置くような人生観や世界観、つまり、自分の上に、絶対的に自分より上の立場の存在を認めたり、受け入れたりしたり、あるいは、その反対に、自分の下に、絶対的に自分より下の立場の存在というものを認めたり、受け入れたりしては、絶対にいけない、ということです。</p>
<p>　例をあげて、説明すると、例えば、自分より上の存在としては、身近な存在としては、親や学校の教師や仕事上の上司がいたり、また、社会的には、政治家や役人や学者や医者のような人達がいたりするのですが、要は、人間が、社会的儀礼として、あるいは、仕事上や世間上の付き合いとして、一時的に、ある程度、一方的に、自分が話を聞いたり、説明や命令を受けるような状況というものは、当然、あり得るとしても、そうした人間を、まるで神のように、絶対的に自分より上の立場の存在のように認めたり、受け入れたりしては、絶対にいけない、ということと、また、その反対に、例えば、自分より下の存在としては、身近な存在としては、子供や学校の生徒や仕事上の部下がいたり、また、社会的には、政治家や役人や学者や医者のような人達に対して、普通の一般市民がいたり、そうした専門的サービスを受ける、何らかの素人がいたり、あるいは、ホームレスや病人や障害者がいたりするのですが、要は、人間が、社会的な儀礼として、あるいは、仕事上や世間上の振る舞いとして、一時的に、ある程度、一方的に、自分が、そうした人々に対して、何か説明や命令のようなことをしたり、保護や救済のための活動を行ったりしたとしても、そうした人間を蔑んで、絶対的に自分より下の立場の存在のように認めたり、受け入れたりしては、絶対にいけない、ということなのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 1.2em;">あまり強く差別的な人生観や世界観を持っていると、より物質的で、硬い、低次元の波動領域に引き入れられることになってしまう</span></p>
<p>　こうした差別の概念は、民主主義が発達する以前の社会においては、はっきり言って、全世界、どこでも至る所で見られたような、ごくごく普通の概念であったということなのですが、ところが、こうした差別の概念を持っていると、差別というのは、四次元以下の世界を作り上げている、暗闇と分割のイデアの代表的な要素の一つであるので、どんな人であっても、本当に容易に、暗闇の勢力の連中によって、低次元の領域に引き入れられてしまう、ということと、もう一つは、もし、こうした人生観や世界観に基づく、信仰のスタイルを持っていると（これは、自分の精神の変化というものを、ある程度、客観的に調べる実験をしてみれば、誰でも分かると思うのですが）、霊的には、自分のみならず、自分が崇拝している対象（それが光っている場合もあれば、暗い場合もあるのですが）すらも、両者が、お互いに、霊的に一つになるというよりかは、はっきり言うと、より分断されて、物質的になる、というか、霊的、あるいは、宇宙的には、より硬くなって、両者とも波動的に、ずりずりと下がってゆくような状態になってしまう、ということであったのです。</p>
<p>　それゆえ、実は、宇宙的な信仰のスタイルにおいては、たとえ、いかに優れた霊的なマスターのような存在であったとしても、そうした相手から、さまざまな教えを受けるための最低限の礼節というものは、当然、大切にされてはいるのですが、たとえ、そうであったとしても、そうした霊的なマスターのような人物を、絶対的に自分より上の存在として崇め立てるような行為や、あるいは、そうした霊的なマスターに対して、絶対的に、自分が、まるで目下のような態度をとることは、よほどの特別なこと（霊的なイニシエーションを受けるとか、重大な過失や間違いを犯したようなケースのこと）でもない限りにおいては、たいてい、厳重に禁じられていることが、非常に多い、ということなのです。</p>
<p>　このように、とにもかくにも、人間が、霊的、あるいは、宇宙的に、真に自由であるためには、そう簡単に、人間より上の立場の人間の存在を認めたり、受け入れたり、あるいは、人間より下の立場の人間の存在というものを認めたり、受け入れたりしては、絶対にいけない、ということなのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>どんなに優れた覚者や指導者のような人物であったとしても、その人を、あまりに高く持ち上げて、崇めるような信仰や修行のスタイルは、非常に危険である</title>
		<link>http://cecye.com/blog/2011/01/26/the-ascension-series-5-part-1/</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Jan 2011 12:20:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Cecye]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アセンション・シリーズ　５]]></category>
		<category><![CDATA[人生観、世界観]]></category>

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		<description><![CDATA[　ちょっと文章がなくなってきたので、前に書きためた文章を、少しずつ載せてゆきたいと思います。 &#160; どんなに優れた覚者や指導者のような人物であったとしても、その人を、あまりに高く持ち上げて、崇めるような信仰や修行 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<p>　ちょっと文章がなくなってきたので、前に書きためた文章を、少しずつ載せてゆきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 1.2em;">どんなに優れた覚者や指導者のような人物であったとしても、その人を、あまりに高く持ち上げて、崇めるような信仰や修行のスタイルは、非常に危険である</span></p>
<p>　アセンション以降の、今後の時代においては、基本的な精神態度として、たとえ、いかなる偉大な指導者やグルのような精神指導者であったとしても、その人を、あまりにも高く持ち上げて、崇め過ぎるような信仰のスタイルや精神的態度を持っていると、そうした態度自体が、アセンション以前の時代における光と闇の時代の差別や分割の概念であるために、霊的には、そうして、自分では、全く善意のつもりで行っている信仰や修行自体が、いつの間にか、そうした精神指導者自体を、霊的に縛り上げて（つまり、物質的にしてしまう、というか、ガッチリと硬く固めてしまうような、霊的な作用があるので）、より低波動の世界に押し込めるようなマイナスの霊的な働きがあると同時に、また、自分自身をも、霊的に縛り上げて、それと同様の、より低波動の世界に押し下げるようなマイナスの霊的な働きがあるので、本当は、こうした信仰のスタイルや精神態度というのは、霊的、あるいは、宇宙的に見た場合、絶対にやってはいけないような、非常に危険な霊的な行為であった、ということなのです。</p>
<p>　しかしながら、現在の地球の宗教事情というものを見回してみれば、誰でも分かるように、現在のこの地球上の宗教においては、そのほとんどすべての宗教や宗派の信仰や修行のスタイルにおいて、名前や個性は、いろいろとあるのですが、霊的に偉大な光の存在や、あるいは、歴史上、現れた、偉大な精神指導者達を、普通の人間よりも、遥かにずば抜けて、ものすごく特別な存在として持ち上げては、毎日のように崇め立てたり、何か祈願や瞑想のようなことをしているような風景というのを、はっきり言って、古今東西、どこででも見ることができる、ということが言えるのですが、実は、霊的、あるいは、宇宙的に見ると、こうした信仰のスタイル、並びに、精神的な態度というのは、四次元以下の低波動の宇宙領域において、非常によく見られるような、典型的な「奴隷の宗教」や「政治宗教」の姿以外の何物でもない、ということなのです。</p>
<p>　その一番の特徴というのは、とにもかくにも人間の考え方や行動の枠組みというものを、ある一定の範囲内の小さな領域に、完全に限定してゆくと同時に、そうした、ほとんど無力で、無価値の人間という存在を、圧倒的な慈悲や知恵や奇跡によって、慰めたり、救済したり、導いたりするような、自分よりも絶対的に上位の無限で偉大な光の存在や、そのパワーに対して、ひたすら、謙虚に恭順の意を示して、礼節を立てて、敬ったり、その教えや修行の方法を、一方的に受け入れたり、あるいは、何らかの願い事や相談をしたり、霊的な一体感を得ることでもって、悟りとしてゆくような宗教のあり方であるのですが、これは、詳しくは、また、別のページで述べたいと思うのですが、要は、こうした宗教のあり方であると、いつまで経っても、アセンションした高次元の光の宇宙領域ではなく、それより下の低次元の暗闇の波動領域の世界の中に引き込まれたり、あるいは、みすみす自分自身の意思でもって、そうした低波動の宇宙領域の世界に入り込んだまま、出られなくなってしまうような、非常に危険な事態になりがちであった、ということなのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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