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	<title>アセンションー光の新世界に向けて　Ｃｅｃｙｅ &#187; 経済</title>
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	<description>アセンションの時代と、その後の新世界をより良く生きるためのスピリチュアルな知恵について</description>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 14</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Mar 2026 01:04:21 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[　また、マルクス自身の人生の足跡を調べてみると、多くの人々の一般的なイメージや思い込みとはかなり違って、マルクス本人は、団体の経営や家計のやりくりのような金銭感覚には、かなり問題があったようですし、また先ほど述べたような [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　また、マルクス自身の人生の足跡を調べてみると、多くの人々の一般的なイメージや思い込みとはかなり違って、マルクス本人は、団体の経営や家計のやりくりのような金銭感覚には、かなり問題があったようですし、また先ほど述べたような性格面の問題から、他の人との人間関係や夫婦関係などにも様々な問題があったようなので、実際には、かつて共産主義や社会主義の国々で言われたほどの、それほど高潔な、よくできた人間であるなどとは、全く言えないようなところがあったようです。</p><p>　ですので、はっきり言ってしまうと、当時のマルクスの思想に関しては、理想や理屈としては、当時の知識人だけでなく、多くの人々の心を動かすような非常に優れたところがあったかもしれないのですが、しかし、そうした学説の細かな前提や、具体的な事例の調査や、実際の学説の有効性などに関しては、彼自身の性格の影響などもあって、はっきり言うと、かなり問題の多いものだったのではないか、というように思われます。</p><p>※つまり理想論や革命論としては、多くの人の心を動かせるような素晴らしいところがあったのかもしれないのですが、人格的には倫理観や協調性などに非常に問題があって、また実際に経営をやると、いつも失敗してしまうような人の経済理論を、大きな国レベルでやってしまったために、その後、たいてい、うまくいかない結果になることが多かったのではないか、ということです。</p><p>&nbsp;</p><p>　続く・・・</p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 13</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Mar 2026 01:03:18 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[多くの人々の一般的なイメージとはかなり違って、マルクス自身は、それほど高潔な人格者ではなかったようである　おそらく、そのそもそもの原因は、こうした共産主義思想を説いて、共産主義運動を強く推し進めた「マルクス」という人物の [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 1.2em;">多くの人々の一般的なイメージとはかなり違って、マルクス自身は、それほど高潔な人格者ではなかったようである</span></p><p>　おそらく、そのそもそもの原因は、こうした共産主義思想を説いて、共産主義運動を強く推し進めた「マルクス」という人物の性格そのものにあったのではないか、と思われます。</p><p>　数十年昔ぐらいまで世界中にたくさんあった共産主義や社会主義の国々では、マルクスは、ただの偉人というよりも、人格的にも非常に高潔な、まるで宗教的な聖人でもあったかのように教えられていることが、とても多かったようです。</p><p>　確かにマルクスは、現在の経済学の進歩にも大きくつながってゆくような、当時の時代としては、かなり革新的な経済理論を生み出したり、哲学的な推論をしてゆくような非常に優れた理論家や哲学者のような面もあったかもしれないのですが、ところが実際の彼の性格を調べてみると、あまり他の人々との協調性がなく、わりとパッと物事を決めつけては、すぐに怒って、攻撃的な態度で闘争を煽るようなことをしたり、また他の人の意見をあまり聞かずに、何でも独断的に物事を推し進めてゆこうとするような性格であったり、それから意外と非常に見栄っ張りで浪費家で不道徳な一面もあったようです。</p><p>　ですので、はっきり言うと、まだ経済学が初期の発展途上にあった当時の時代であれば、そこそこ優れた経済学者として認められたかもしれないのですが、しかし、その後の経済学がもっと進んだ時代であったならば、たとえ理屈として、それなりに高く評価されたとしても、実際の経済の現場の研究や調査は、本当にきっちりと正確に行われているのか、また、そうした理論は、現実の社会では、いったいどの程度の有効性を持っているのか、などというような点から細かく追求されてしまうと、おそらく、それほど高い評価は得られなかったのではないか、というようにも思われます。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/03/14/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-14/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 12</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 04:03:39 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[　ですので、一般に資本主義と言われる国々では、その後、女性や低い納税額の人々や差別的な立場の人々の選挙権をだんだん拡大してゆくことによって、社会的により大多数の、いわゆる労働者的な立場の人々が、政治的により大きな影響力や [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　ですので、一般に資本主義と言われる国々では、その後、女性や低い納税額の人々や差別的な立場の人々の選挙権をだんだん拡大してゆくことによって、社会的により大多数の、いわゆる労働者的な立場の人々が、政治的により大きな影響力や支配力を持つようになっていったり、また労働者の賃金を徐々に上げていったり、様々な方法で労働者の権利の保護や労働環境の向上を行っていったり、それから失業したり、怪我や病気など様々な事情で働けなくなった人々への生活の保障を行なって、社会全体の福祉の向上を図っていったり、さらには累進課税によって、たくさん収入がある人々への税金を相対的に高くして、少ない収入の人々への税金を相対的に低くすることなどによって、社会全体として、様々な方法で、より多くの人々の生活を向上させ続けるような政策を、少しずつですが、長い時間をかけながら着実に行い続けていったことで、今日のような、そうした百年前と比べると、多くの人々が遥かにより豊かに幸福に暮らせるような社会を築いてきたようなところがあったわけです。</p><p>　ところが、マルクスが理想とする共産主義や社会主義の政治制度にしてしまった国々では、そうした資本家や経営者の社会的な役割を、ほぼすべて全面的に否定して、なくしてしまったために、その代わりを政府の官僚的な立場の人々が行うことになったのですが、そもそも政治的な計画を立てたり、調査をしたり、管理や命令を行うような立場の役人では、なかには時折、有能な人もいたとは思うのですが、先ほど述べたようなお金の使い方や増やし方や、事業の運営の仕方や、多くの人々の活かし方のような経営的な能力が高い人はあまりいない、というか、そもそも元から、あまり求められていないようなところがあったために、ほぼたいていのケースでうまくいかなくなってしまうことが多かったようなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/03/14/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-13/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p><p>　追伸</p><p>　最近、個人的にさらにとても忙しくなってしまったために、なかなか記事を更新する時間が取れづらくなってしまいました。</p><p>　あと普通、社会主義や共産主義というと、こうしたスピリチュアルなものとはかなり遠い、というか、関係ないように思われるのですが、かつての社会主義国では、こうした社会主義や共産主義が、あたかもある種の宗教のような扱いになっていたことからもよくわかるように、結構霊的にはシビアな攻撃的なエネルギーを感じるので、こうした文章は、かなり載せづらいです。</p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 11</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Feb 2026 12:03:05 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[　また、大きな企業の経営者であっても、それぞれの人の宗教心や道徳観の違いによって、経営の仕方や従業員への対応の仕方も、かなり違っていたように思われるので、やはりマルクスが言うように、すべての経営者が労働者を奴隷のようにこ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　また、大きな企業の経営者であっても、それぞれの人の宗教心や道徳観の違いによって、経営の仕方や従業員への対応の仕方も、かなり違っていたように思われるので、やはりマルクスが言うように、すべての経営者が労働者を奴隷のようにこき使って、搾取しているような、とんでもない人間ばかりであったとは、なかなか言えなかったのではないか、と思われます。</p><p>　それから時代時代によって、選挙権の範囲がどの程度に制限されていたのかの問題はありますが、基本的に民主政治では、多数決の原理が導入されているようなところがあるので、多額の選挙資金が使えるにしても、ほんの一握りの大金持ちの人々の意向だけで、圧倒的大多数の労働者的な立場の人々の不満や怒りを、それほど大きく封じ込めることができたのかどうか、ということにも、かなり大きな疑問があります。</p><p>　つまりマルクスが言うような「労働者から搾取して、とんでもない不当な利益を上げる資本家に対して、労働者が団結して、労働者が支配する社会にしよう」というような主張は、確かに労働者の権利を守ったり、労働者の意見を政治に反映させたいというような社会運動としては、全く正しいものであったと思うのですが、その思想の中で、「一握りの資本家だけが、大多数の労働者を一方的に搾取して、こき使っている」「資本家を一網打尽になくしてしまえば、最高の社会になる」というような考え方に関しては、現代と言わず、そうした百年前の時代であっても、かなり過激な誤ったものだったのではないか、というように思われます。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/02/28/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-12/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 10</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Feb 2026 12:03:46 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[現在では、資本主義の国々でも、選挙権の拡大や社会保障の充実や税制の工夫などによって、労働者の権利や政治的な立場は、かなりしっかりと守られるようになってきている　次には、共産主義や社会主義を推す人々が、全面的に否定して、闘 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 1.2em;">現在では、資本主義の国々でも、選挙権の拡大や社会保障の充実や税制の工夫などによって、労働者の権利や政治的な立場は、かなりしっかりと守られるようになってきている</span></p><p>　次には、共産主義や社会主義を推す人々が、全面的に否定して、闘争を繰り広げようとしていた、当時、たくさんの資金や株や土地や工場などを所有して経営していた「資本家」、あるいは、経営者などの立場や役割について、考えてみたいと思います。</p><p>　当時のマルクスが、当時の資本主義が発達途中の社会を調べると、一部の「資本家」と言われる人々が、非常に大勢の労働者をこき使って、工場や農場で労働させて作らせた生産物に、さらにたくさんの儲けをのせて、大量に販売しているように見えていたようです。</p><p>　しかし、これは経済のことを多少学んだことのある人であれば、現代のような時代であると、誰でもある程度、当たり前のようにわかることであると思うのですが、この世の中にそうした形で「資本家」と完全に言い切れるような人々はほとんどいないし、また、そうした大きな資本を持っている人々であっても、その人自身にしっかりした投資や経営の裁量がない場合には、長い目でみると大きく財産を減らしてしまうこともあるし、さらにはそうした企業どうしのかなり厳しい競争もあれば、以前には全くなかった新しい産業が次々と生まれてくることもあるので、はっきり言って、現代のような時代であっても、また百年以上昔の時代であっても、そう単純に「資本家」と完全に定義できるような人々が、いったいどの程度いたのか、というのは、あまりはっきりとわからないようなところがあったのではないか、と思われます。</p><p>※ただし当時の時代には、国王や貴族や大商人のような、かなり長期間に渡って、代々続いている世襲制の非常に少人数の特権階級の人々がいる一方で、人権もあまり尊重されないような、その日暮らしの非常に貧しい人々が大勢いたので、それゆえ、そうした意味では、どちらかと言うとマルクスの言う階級闘争というのは、資本家と労働者の間の闘争というよりも、そうした身分間の格差や差別の問題のように、当時の多くの人々からは感じられていたかもしれないということは言えるようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/02/20/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-11/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 9</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Feb 2026 12:03:00 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[　それから人間の社会と言わず、人間や生き物などの自然のあり方としても、普通、何かやれば、何かやった分だけの（あるいは逆に何もやらなければ、何もやらなかっただけの・・・）成果や結果があることは、わりと当たり前の経験であるよ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　それから人間の社会と言わず、人間や生き物などの自然のあり方としても、普通、何かやれば、何かやった分だけの（あるいは逆に何もやらなければ、何もやらなかっただけの・・・）成果や結果があることは、わりと当たり前の経験であるようなところがあるので、そこを共産主義的に「頑張った人も、頑張らなかった人も、みんな同じように扱うのがいいんだ」「いっぱい努力した人がいても、それほど努力しなかった人と同じように扱えばいいんだ」「どの人もどの人も、みんな同じ単純な労働をしているだけなんだ」「労働者が偉いのであって、労働者を管理したり、お金の管理をしたりして、経営しようとする人間なんて、全くいらないんだ」などというような考え方で、多くの人々をかなり強制的に一律に管理しようとしても、わりとすぐにうまくいかなくなることが多かったのではないか、というように思われます。</p><p>　ただ、非常に貧富の差の激しい、貧しい人々が非常に多い社会であった場合には、そうした共産主義の理想に基づいて、一人一人の所有権を否定して、共同所有の社会にすれば、まるで夢のような理想社会になるように多くの人々が感じたかもしれないということは言えます。</p><p>　しかし、これは、もうすでに大きな社会的な実験を通して、はっきりわかった事実であると思うのですが、そうした共産主義的な理想に基づいて、一人一人の所有権を否定して、共同所有の社会にしようとしても、先ほども述べたように、そもそもの人間や生き物などの自然の性質として、そうしたものを全面否定した社会を目指すことには、元々、かなり無理があったのではないか、ということと、それから、たいてい、そうした形で一人一人の個性や努力の違いを認めない社会にすると、多くの人々が、非常に強く不自由感や不公平感や不幸を感じるようになることが多いだけでなく、その後、非常に大きな社会的な停滞や衰退に陥ることが多かったようなのです。</p><p>　ですので、共産主義的な形で一人一人の人間の所有権を否定して、共同所有の社会にしようとしたり、あるいは、それぞれの人の自由や努力や個性の違いを強く否定するような社会にしようとしても、決して多くの人々がより豊かになり、幸福になれるような結果には、ほとんどならなかった、ということが言えるようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/02/18/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-10/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 8</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Feb 2026 12:03:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Cecye]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[　また同じ物であっても、いつもきれいに整えて使っている人もいれば、逆にいつも汚くして、乱暴に扱って、すぐに壊してしまう人もいるわけですし、それから、それぞれの人の好みや相性や技術や経験などの違いによっても、まるで当たり前 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　また同じ物であっても、いつもきれいに整えて使っている人もいれば、逆にいつも汚くして、乱暴に扱って、すぐに壊してしまう人もいるわけですし、それから、それぞれの人の好みや相性や技術や経験などの違いによっても、まるで当たり前のように何が最も良い道具や持ち物であるかということは、かなり大きく変わってしまうところがあるわけです（つまり、単に値段的に高価であるから良くて、値段的に安いからダメとは、なかなか言えないようなところもあるのではないか、ということです）。</p><p>　ですので、はっきり言って、非常に多くの人々がどん底の貧乏暮らしをしていて、本当に一部の人々だけが、とんでもなく豊かな生活をしているような超格差社会であれば、「一律に多くの人々の所有権を否定して、みんなで共同所有している社会が一番よい」などと考えられたかもしれないのですが、しかし先ほども述べたような人間の生物としての特性から考えてみると、多くの人々が最も幸福に豊かに暮らしている理想社会の姿としては、それぞれの人が、自分の気に入った物や必要な物を、それぞれの人の好みや能力や必要などに応じて、ある程度自由に所有できている（場合によっては、借りる形でもよいのですが・・・）世の中の方が、より理想の社会に近いのではないか、というように、わりと単純に推測されるわけです。</p><p>※ただし、その国の社会において、あまりにも多くの人々が、食べたい物も食べれないとか、住みたい所にも住めないなどというような生活に必要な物も、ほとんど手に入らないような社会の状況になっている場合には、できるだけ早く、そうした社会的な問題の解決は必要になるのではないか、と思われます。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/02/10/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-9/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 7</title>
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		<pubDate>Sat, 07 Feb 2026 12:03:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Cecye]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[共産主義思想のように一人一人の所有権を否定して、社会全体の共同所有にしようとしても、決して最高の理想社会にはできなかったのではないだろうか 　次には、「一人一人の所有権を排して、特に土地や工場などの生産に関わるものをみん [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 1.2em;">共産主義思想のように一人一人の所有権を否定して、社会全体の共同所有にしようとしても、決して最高の理想社会にはできなかったのではないだろうか</span></p><p><span class="Apple-converted-space"> </span>　次には、「一人一人の所有権を排して、特に土地や工場などの生産に関わるものをみんなの共同所有にして、ある程度の規模の集団ごとに当てがわれた生産目標を、みんなで働いて達成して、みんなで平等に分けよう」というような共産主義、あるいは、社会主義の理想が、本当に多くの人々が心から満足できるような素晴らしい人間社会のあり方であったのか、ということについて、考えてみたいと思います。</p><p>※一般に「社会主義」では、工場や土地などの生産手段を国、あるいは社会全体で共有、管理することで、平等な理想社会を目指していたようなのですが、そこから、さらに進んだ共産主義では、それぞれの人の私有財産も否定して、社会全体の共同所有にすることで、階級や貧富の差のない、より完全に平等な理想世界になるとされていたようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　まず、以前にも述べましたが、一人一人の人が、「これは自分のものである」「これは普段、自分が使っている物で、あれは別の人がいつも使っている物である」、あるいは、「ここは、いつも自分が過ごす所である」「あそこは別の人や生き物が過ごす所である」などという所有の概念（住居や土地などの場所の所有の概念も含めてでしょうか・・・）は、人間だけと言わず、他の様々な生き物にもよく見られるような、自然界では、わりと普通によくある一種の本能的な感覚であるようなところがあります（<a href="https://cecye.com/blog/2022/06/10/世界の分断や対立を乗り越えるための知恵-part-17/">参考</a>）。</p><p>　ただ、資本主義的な自由競争の結果、たくさんの非常に貧しい人々がいるのに、一部の人だけが、あまりにも大きな富を独占しすぎているような社会の状況になっている場合には、そうした一部の人々の多すぎる富を、政府が税金などの形で徴収して、たくさんの貧しい人々に再分配し直すような社会の仕組みを作ることは、多くの人々が、より豊かな幸福な生活が送れるような、より良い社会にしてゆくためには、非常に大事なことであるように思われます。</p><p>　しかし共産主義の理想のように、すべての人の所有権を否定して、あらゆる物を社会の共有物のように扱おうとしても、実際問題として、多くの人々の仕事や生活の面では、いろいろな不具合が生じて、なかなか、うまくいかないことが多かったのではないか、と思われます。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/02/09/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-8/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 6</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Jan 2026 12:03:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Cecye]]></dc:creator>
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		<category><![CDATA[政治]]></category>
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		<description><![CDATA[当時のマルクスが考えた資本家のイメージと、実際の資本家の立場には、かなり大きな違いがあったのではないだろうか　ただし、今から百年ほど昔の時代は、まだ資本主義が発達し始めた時代であったので、当時のマルクスが見た工場で働く人 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 1.2em;">当時のマルクスが考えた資本家のイメージと、実際の資本家の立場には、かなり大きな違いがあったのではないだろうか</span></p><p>　ただし、今から百年ほど昔の時代は、まだ資本主義が発達し始めた時代であったので、当時のマルクスが見た工場で働く人々の様子としては、おそらくパッと見た感じでは、どの人もどの人もみんな、ほぼ同じような機械の前で、ほぼ同じような作業をして、ほぼ同じような生産物を作っているように見えたのではないか、と思われます。</p><p>　ところが、おそらく、かたやそうした工場を経営したり、大勢の労働者を管理している人々の立場から見るとかなり状況は違っていて、一見、そのような形で大勢の人々が、わりと単純に同じ作業をしているように見えた工場の現場があったとしても、そうした経営や管理をしている人々は、「ああ、この人は、これより別の作業の方が得意そうだから、そっちについてもらおう」「あの人は物覚えが良くて、よく働くから、他の会社にとられないように給料を上げてでも、ずっと長くいてもらいたい」、「この人はすぐ怠けて、仕事が全然できないみたいだから、注意してダメなら、やめてもらうしかないかな・・・」「この人は力仕事の方が得意そうだから、そういう部署に変わってもらおう」「この製品は全然売れないから作るのをやめて、最近人気のある別の製品を作ることにしよう」「この機械は生産性が悪いから、最新の新しい機械に変えよう」「あの人は能力が高いから、みんなを監督したり、指導する仕事に就いてもらおう」などというように、マルクスには、みんなほぼ同じような単純作業をしていたように見えた工場労働であっても、そうした工場を経営したり、大勢の労働者を管理している人々の立場から見るとかなり違っていて、それぞれの労働者の働く意欲や向き不向きや生産性をしっかり把握して、非常に細かく管理していたり、また厳しい市場競争の中において、常に細かく品質や生産性の向上に目を配っていたり、それから常に原価や経費や売上や利益の計算をして、きっちりと金銭的に利益が出るように上手に経営していたり、さらにはその時だけでなく、将来の市場の動向や生産や販売の予測を立てたり、機械や人などへの投資を行ったりして、しっかりとそうした企業の存続を図ってゆかなくてはならないなどというように、はっきり言うと、体だけでなく、かなりシビアに頭も心も使いながら働き続けているようなところもあったわけです。</p><p>　それゆえ社会主義革命が成功した社会では、そうした経営や管理をしていた人々をすべて資本家として、ひとくくりにまとめて、悪党にしていなくしてしまうと、いくら優秀な学者や役人が考えた生産目標を、かなり厳しいノルマ付きでたくさんの労働者に与えたとしても、まるで当然のようにそうした経営や管理をしていた人々がいなくなった労働者の集団は、そうした生産目標をうまくクリアーすることができずに、とんでもない生産物の減少に悩まされたり、また多くの労働者がやる気をなくして、あまり働かなくなってしまったり、さらには、そうした状況に困った生産の現場から、嘘の成果の報告がたくさん上がってくるようになったり、さらにはそうした生産物の減少によって、逆にとんでもない飢餓や貧困や社会の混乱が巻き起こるようになっていったりしていったようなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/02/07/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-7/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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		<title>霊的な観点から見た共産主義思想について　Part 5</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Jan 2026 12:03:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Cecye]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
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		<category><![CDATA[経済]]></category>

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		<description><![CDATA[現実の人間の社会には、様々な性格や能力の人々がいるものなので、そう単純に資本家と労働者だけに分けられるものではないのではないか　しかし人間のそもそもの根本的な性質として、毎日のようによく働く、そうした働くのが大好きな人も [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 1.2em;">現実の人間の社会には、様々な性格や能力の人々がいるものなので、そう単純に資本家と労働者だけに分けられるものではないのではないか</span></p><p>　しかし人間のそもそもの根本的な性質として、毎日のようによく働く、そうした働くのが大好きな人もいれば、あまりよく働かなかったり、それほど普通に働くことには興味がない人もいるし、また同じ人間であると言っても、体が強く、運動が得意な人もいれば、体があまり強くなく、運動もそれほど得意でない人もいるし、それから頭の良い人もいれば、それほど頭の良くない人もいるし、また文学や絵や音楽のような芸術が得意な人もいれば、そうでない人もいるなどというように、そう簡単にすべてがすべて同じ人間であるとは、なかなか言えないようなところがあるわけです。</p><p>　また世の中には、たとえ収入が少なく、貧しい中にあっても、いつも貯金したり、投資や運用をしたり、新たな収入源を増やしたりして、常にそれほど生活に困っていなかったり、逆にどんどんお金を増やしてゆくような人もいれば、そうではなく、たとえ同じ金額のお金を持っていたとしても、すぐに身に過ぎた贅沢をしたり、様々な物事に散財してしまって、いつもお金が足りずに生活に困っていたり、貧しく汚い生活をしているような人もいるわけです。</p><p>　さらには性格的に真面目な善良な人もいれば、そうではなく、遊びが好きだったり、また時には、とんでもない悪いことをする人間もいるわけなので、そうしたいろいろな性質や能力のある大勢の人々を、「あいつは資本家なので自分達の敵で、この人達は労働者なので自分達の味方」などというように、なんでもかんでも単純に二種類だけの人間に分けて、「すべての資本家を倒して、労働者のためだけの理想社会をつくろう」とするのは、そもそも最初の段階から、かなり無理なところがあったのではないか、ということなのです。</p><p>　つまり共産主義の理想では、資本家がいなくなって、全員が同じ労働者になって、みんなで同じ目標に向かって、同じような労働をしてゆけば、本当に素晴らしい幸福な社会ができるなどというように言っていたわけです。</p><p>　ところが実際の人間の社会は、いったいどのようになっているのかというと、とてもではないが、すべての人が、みんながみんな同じ人間などとは全く言えなくて、真面目に働く人もいれば、怠けて、あまり働かない人もいるし、また非常にリーダーシップがあって、多くの人々をまとめるのが上手な人もいれば、あまり人前で目立つようなことや、人をまとめるのが下手な人もいるし、それから物覚えがよく頭の回転の速い人もいれば、物覚えが悪く、それほど頭の良くない人もいるし、また体が丈夫で力が強い人もいれば、体が弱く、あまり力の強くない人もいるなどというように、はっきり言って、そう簡単に一言で、みんながみんな同じ人間であるなどとは、なかなか十把一絡げ（じっぱひとからげ）に言いきれないようなところがあったのではないか、ということなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　<a href="https://cecye.com/blog/2026/01/30/霊的な観点から見た共産主義思想について-part-6/">続く・・・</a></p><p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
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