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第二次世界大戦当時のソ連とスターリンについて Part 5

 さらにその後、当時のナチス・ドイツは、イギリスへの軍事侵攻に失敗して、ヨーロッパの西部戦線で限界を迎えるようになると、突然、当時のソ連に軍事侵攻を行うようになったのですが、そうした際に当時のソ連の指導者、スターリンは、かなり予想外だったらしく、なかなか、すぐにうまく対応できなかったために、当時のソ連側には大きな被害が出た、というような記録が残っています。

※ただし、当時のソ連は、当時のドイツ軍のかなり大規模な移動の情報を事前につかんでいたらしいことや、また、当時のイギリスの首相チャーチルが、事前にスターリンにそうした情報をつかんで警告していたと述べていることや、それから、その2ヶ月前の1941年4月に、おそらく当時のソ連としては、東西両方面での軍事衝突を避けるために、急いで当時の大日本帝国と「日ソ中立条約」を結んでいることなどから考えると、当時のスターリンを初めとするようなソ連の指導者達は、事前にある程度、そうした情報を知ってはいたが、当時のドイツ軍があまりに強大だったので、うまく対応できなかったのかもしれない、というような見方もできます。

※元々、当時のナチス・ドイツとソ連は仲が悪く、独ソ不可侵条約を結んだ後にも、あちこちで利害の衝突が起きていたようなので、おそらく当時のソ連の指導者達は、当時のナチス・ドイツがヨーロッパの戦争で力が弱くなった頃に、十分な軍備を整えて、戦争を仕掛けるような心持ちだったのではないか、とも思われます。ところがその後、当時の彼らの予想とはかなり違った形で、ヨーロッパ西部では、当時のドイツがフランスを短期間のうちに占領してしまったり、さらにその後、イギリスにまで軍事侵攻するようになったので、その辺りの時期になると彼らは、当時のナチス・ドイツのあまりの急拡大ぶりにかなり困惑するような事態になっていたのではないか、と思われます。

※つまり当時のナチス・ドイツは、ヨーロッパ東部の軍事大国、ソ連と準軍事同盟を結ぶことで、ヨーロッパの西部方面の、特に当時は、かなりの軍事大国だったフランスにも軍事力を集中して侵攻し、占領することができたのですが、その結果、当時のナチス・ドイツとしては、ヨーロッパ西部の防衛をあまり気にする必要がなくなったために、今度はヨーロッパ東部のソ連に軍事侵攻できるような状況になっていったようなのです。

※ですので、もし当時のソ連がナチス・ドイツと準軍事同盟を結んで、ナチス・ドイツと一緒にポーランドなどのヨーロッパの国々に軍事侵攻しなかった場合には、当時のドイツの東側には、ポーランドなどのヨーロッパの国々があり、また西側には、フランスやイギリスなどのヨーロッパの国々があったので、その両者に挟まれた状況でのナチス・ドイツの軍事的な急拡大は、かなり難しかったのではないか、と思われます。当然、そうした状況の場合には、その後のナチス・ドイツによるソ連への軍事侵攻もなかったのではないか、と思われます。

※ですので、そうした状況の場合には、おそらく当時のナチス・ドイツであっても、第二次世界大戦後に世界のあちこちに現れた独裁国の国々と、わりと似たような感じで、ヨーロッパの中では、大きな軍事的な脅威となったり、非常に非人道的な政策が行われている国として、かなり問題になったとは思われるのですが、せいぜい当時のドイツ周辺のドイツ系の住民が多く住んでいた地域に、多少軍事侵攻できたか、できなかったか、という程度の軍事侵攻が精一杯で、それ以上の軍事的な拡大は起きなかったのではないか、と思われます(2022年8月9日追記)。

※ですので、今日の視点で客観的に見る限り、1939年にナチス・ドイツと共にポーランドなどのヨーロッパの国々に軍事侵攻した当時のソ連は、ほぼ枢軸国であったと判断してよいのではないか、と思われます。しかし1941年6月に当時のソ連が、ナチス・ドイツから軍事侵攻を受けるようになると、7月以降は、当時のイギリスと、その時点で共通の敵となったナチス・ドイツと戦うために軍事同盟を結んだり、当時のアメリカからも大規模な軍事支援を受けるようになっていったので、その辺りから当時のソ連は、連合国の一員に加わるようになった、ということです。

 

 しかし、当時のナチス・ドイツは、当時のユダヤ人への差別感覚とほぼ同じように、当時のロシア人に対しても、相当な差別感覚を持っていて、あわよくば、ソ連にも軍事侵攻したいというような目論見を持っていたことは、おそらく当時のスターリンを初めとするようなソ連の指導者には、以前から何度も耳に入っていたのではないか、ということなのです。

※ナチスの思想では、当時のロシアなどがあるヨーロッパの東方に、「東方生存圏」を獲得すべきであるというような考え方がありました。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2022年6月29日 12:08 PM, 政治 / 歴史 / 軍事



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