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人間の知的な向上と霊的な悟りの関係について  Part 8

 文章が長いようなので、二つに分けました。

 

※仏教では、肉体を持って生きている状態で悟った人が、肉体的に亡くなった場合には、肉体的な煩悩がなくなるので、さらに完全な悟りを得たというように考えていたようです。

 

 それゆえ、こうした観点から考えてゆくと、どうも、かなり多くの人々が、霊的な真実はともかくとして、そうした人々自身の感覚としては、肉体的な死を、あたかも一種の「悟り」のように認識しているようなところがあったようなのです。

 それでは、こうした意味での「悟り」が、本当の意味での「悟り」と言えるのか、というと、これは、はっきり言って申し訳ないのですが、単純に言って、多くの人々が、「お釈迦様は、偉大な悟りを開かれた」とか、「偉大な聖人が、大変な努力の末に尊い悟りを得られた」などと言っているようなレベルの悟りと比べると、明らかに内容的には、かなりレベルダウンしている、というか、本質的に全く違う内容の話であるとしか全く言いようがないようなところがあるので、そうした観点から見ると、こうした時折、世間でよく言われているような、肉体的に亡くなった人々を、何でも単純に「仏様」、「神様」と呼ぶような「悟り」の概念は、元々、いにしえの時代から説かれてきた霊的な「悟り」の内容とは、かなり違ったものなのではないか、ということが言えるようです。

 

 続く・・・

 

Cecye(セスィエ)

2021年3月23日 9:04 PM, スピリチュアリズム、霊界 / 人生観、世界観 / 仏教 / 宗教、道徳 / 瞑想 / 知恵、正しさ / 社会、文化



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